つなぐ人たちの働き方(2021年度夏)#1 日本科学未来館/科学ライター・詫摩雅子さん

2021年6月22日(火)、科学技術と社会のあいだで活躍する実践者から学ぶセミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2021年度夏)」がスタートしました(授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催)。Zoomウェビナーを活用し、オンライン形式で開催したこの回には、大阪大学の学生を中心に27人が参加しました。



第1回のゲストは日本科学未来館(以下、未来館)の詫摩雅子さん。この日は、詫摩さんが未来館で関わってこられた「ゲノム編集技術のヒト受精卵への応用」をテーマにした実践の経験をご紹介いただきました。「正解のない問題」を科学コミュニケーションの実践でどのように扱うのか、様々な人を議論にどのように巻き込むのか、そして、実践活動の落とし所をどのように設定するのかといったことを中心にお話しいただきました。

詫摩さんが未来館で「ゲノム編集技術のヒト受精卵への応用」をテーマにしたプロジェクトに取り組み始めたのは2016年のこと。ヒト受精卵の遺伝子を操作することが現実味を帯びてきて、そのルール作りのための議論が活発になり始めた時期でした。しかし、このテーマに関する人々の認知度は低く、ゲノム編集技術を知らない人に対してどのように興味をもってもらうか、というところも重要な問題でした。加えて、意見の収束が見込めない問題(新しい技術ができたとしてどこまで使っていい?どういう状況であれば使っていい?といったことにはなかなか答えが出せない)でもあり、どのように落とし所をつくるかも考える必要がありました。

未来館を訪れるお客様にどのようになってもらいたいのか? 詫摩さんの立てた活動目標は、まず問題や課題について知ってもらい、その問題について考え始めてもらうこと、そして、多様な論点があることを知ってもらい、自分なりの意見をもってもらうこと、異なる意見を聞いてもらうこと、そして、もう一度自分なりの意見を考えてもらうこと、でした。最終的なゴールとしては、「異なる意見に敬意を持ち、互いを信頼すること」を目指したものでした。

詫摩さんはこれらの目標に沿って、未来館で様々な活動を展開されてきました。今回はその中から、3つの活動についてご紹介いただきました。まず1つ目は、専門家/遺伝子疾患当事者とのトークイベント(詳細はこちらから)について。こちらは、遺伝子疾患の当事者や当事者家族、法律・医療関係者など70人程度を対象に実施されたイベントです。専門家2名からそれぞれのゲノム編集に関する知見を参加者に説明した後に、参加者それぞれが自分の意見を表明しました。遺伝子に起因する疾患を自分の世代で終わらせるために発癌性などのリスクがあっても積極的に技術を活用したいと訴える人もいれば、安全性への懸念を抱く人や、疾患を持つ自身の人間性が否定されるように感じる人もいて、「当事者でも意見は一致しない」ということに気づかされたイベントだったそうです。また、参加者アンケートの結果からは、32%の人がイベント前後で意見が変わっていた(技術を積極的に導入すべきと考えていた人が単純な問題ではないと考え始めたり、導入に反対していた人の気持ちがゆらいだり)ことがわかったそうです。一方、ゲノム編集について多様な観点から考慮することやオープンな議論の場の必要性は参加者が共通して認識していたことだった、というお話でした。

次に、高校生を対象に実施されたワークショップについて紹介していただきました。修学旅行などで来館した高校生や出張授業として、のべ1,500人に対して実施されたものです。高校生の多くは、予備知識がなく、参加意欲も高くはありません。このような高校生を議論に巻き込むべく、問いかけ方やファシリテーションに工夫をしながら実施されたそうです。具体的には、ゲノム編集が安全な技術になったと仮定して、致死性疾患、慢性疾患の治療から容姿・才能の向上まで広範囲に適用される可能性があるこの技術をどこまで使えるか、という問いを投げかけ、仮想の特定疾患に対してゲノム編集技術の活用を認めるか否かについて議論したワークショップでした。議論の中で、「自分と似ていない容姿の子供を愛することができるのか自信がない」、「正直、こんな問題を考えるのはダルイけど、政治家が勝手に決めてしまうことで影響を受けるのは自分たちだ」などといった意見があり、高校生たちが自分ごととしてこの問題を捉えることに成功したとの確信を得ることができたというエピソードを紹介していただきました。

最後に、政策関与者とのトークイベントの事例(詳細はこちらから)についてお話しいただきました。参加者は約40人で、当日の来館者が自由に参加するイベントです。ヒト胚へのゲノム編集について議論している国の生命倫理専門調査会の会長(当時)原山優子さんをゲストに迎え、指針の目的や想定される懸念について、参加者との直接対話が行われました。参加者には、大きく意見の異なる人たちがいて、どちらもその考えを変えることはなくても、お互いに頷きながら話を聞く姿が印象的であったとのことです。また、対話の結果、ルールづくりに携わる専門家への信頼が参加者に構築され、「この先生が作る指針ならば賛成できる」との意見に対して、参加者がうなずく様子が見られたそうです。

これらの一連の活動から得た学びとして、詫摩さんは、
・当事者の声を直接に聞くことは考えを深め,より自分ごととして考えるきっかけとなること。
・参加意欲の低さや背景の知識不足はあまり問題にはならないこと。
・直接の対話は信頼を築く手段であること。
の3点をあげていました。

この日のお話の結論として、詫摩さんは「直接対話をすること、対話の場で参加者が本音で発言することや聞く姿勢を持つことが信頼を構築する」ということをおっしゃっていました。詫摩さんの実践経験にもとづいたお話から、「正解のない問題」の議論に人々を巻き込んでいく大きな意義を感じることができました。また、詫摩さん自身が「つなぐ」人材に必要な素質として、「おもしろい」と思える能力を挙げていた通り、自身の経験を生き生きとおもしろそうにお話される詫摩さんの姿が非常に印象的でした。

文:大木 有(京都大学総合生存学館)、「科学技術コミュニケーション入門B」担当教員


【案内文】
2021年6月22日(火)から、セミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2021年度夏)」がスタートします。



今シーズンは、特に、科学技術の倫理的・法的・社会的課題(ELSI)に関する取り組みに関わっていらっしゃる方々をお招きします。

初回のゲストは、日本科学未来館の詫摩雅子さんです。
詫摩さんには、1年前にも「つなぐ人たちの働き方」に登場していただきました。前回は、詫摩さんが仕掛け人の1人として関わっていらっしゃったニコニコ生放送「わかんないよね新型コロナ だからプロにきいてみよう」の企画の経緯や内容について主にご紹介いただきました(http://stips.jp/20200623/)。
今回は、詫摩さんが追いかけている別のテーマ、ゲノム編集技術のヒト受精卵への応用に関わるELSIについてお話をうかがってみたいと思います。

■第80回STiPS Handai研究会
○題目:つなぐ人たちの働き方(2021年度夏)#1
○ゲスト:詫摩 雅子 氏(日本科学未来館 科学コミュニケーション専門主任)
○日時:2021年6月22日(火)15:10〜16:40
○場所:オンライン会議システム
    *事前申込をされた方には、メールで参加方法をお伝えします。
○対象:主に、大阪大学の学生・教職員 
 *全学部生・全研究科大学院学生を対象とした授業の一環として実施します。
 *この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎しますが、事前申込をお願いします。
○参加費:無料

○申込方法:以下のいずれかの方法で、事前のお申し込みをお願いします。
1)ウェブフォーム
申し込みフォーム(https://forms.office.com/r/HSSURPYrut)から、必要事項を記入の上送信をお願いします。

2)メール
以下の項目を明記の上、メールでstips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jpまでお送りください([at]は@にしてください)。
・氏名(ふりがな)
・所属
・参加を希望する回の日付

申し込みいただいた方には、オンライン会議システムへの参加方法をメールにてお送りします。

プログラム
1)はじめに(10分程度)
2)ゲストによる話題提供「 “ヒトを変える技術”の正解のない使い方〜どうやって議論に巻き込むか、落とし所はどうするか」(30分程度)
3)質疑応答&ディスカッション(50分程度)

ゲストプロフィール
詫摩 雅子 氏(日本科学未来館 科学コミュニケーション専門主任)
千葉大学大学院理学研究科修士課程修了後、日本経済新聞社に入社。科学技術部、日経サイエンス編集部で、生物学、医学・医療、心理学などの分野を担当した後、2011年4月より日本科学未来館で勤務。2017年9月より、フリーでのライター&編集者活動も行なっている。



○その他:
・大阪大学COデザインセンターが開講する2021年度夏学期授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催します。
・この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎します。

○申込先・問い合わせ先:公共圏における科学技術・教育研究拠点(STiPS)
 stips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jp([at]は@にしてください)

○主催:公共圏における科学技術・教育研究拠点(STiPS)
○共催:大阪大学COデザインセンター、大阪大学 社会技術共創研究センター(ELSIセンター)


本シリーズについて
科学や技術に関係する仕事がしたいけれど、研究者になりたいわけではない…
大学で学んだ専門を活かせる仕事に就きたい…

こんなモヤモヤした将来への悩みを抱えている方にお届けするセミナーシリーズです。

マスメディアや研究機関、行政機関といった、多彩な現場で活躍されているゲストから、
・異なる領域の間で働くということ
・自分の専門を現場で活かすということ
・専門が活きる仕事を創り出すということ
などについてお話を伺いながら、参加者も交えて議論します。


「つなぐ人たちの働き方(2021年度夏)」は以下のようなスケジュールで実施します。

#1 6月22日(火)日本科学未来館/科学ライター・詫摩雅子さん
 http://stips.jp/20210622/
#2 6月29日(火)株式会社メルカリ R4D・藤本翔一さん
 http://stips.jp/20210629/
#3 7月6日(火)京都大学iPS細胞研究所(CiRA)上廣倫理研究部門・三成寿作さん
 http://stips.jp/20210706/
#4 7月13日(火)JST 社会技術研究開発センター(RISTEX)・濱田志穂さん
 http://stips.jp/20210713/
#5 7月20日(火)株式会社電通 ソリューション・デザイン局・朱喜哲さん
 http://stips.jp/20210720/


フライヤー(PDF:643KB)