つなぐ人たちの働き方(2021年度夏)#5 株式会社電通 ソリューション・デザイン局・朱喜哲さん

科学技術と社会のあいだで活躍する実践者から学ぶセミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2021年度夏)」第5回を、2021年7月20日(火)に実施しました(授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催)。Zoomウェビナーを活用し、オンライン形式で開催したこの回には、大阪大学の学生を中心に28人(スタッフや授業の受講生も含む)が参加しました。



今回のゲストは、株式会社電通ソリューション・デザイン局の朱喜哲さんでした。朱さんは株式会社電通の主任研究員としてデータビジネスに携わる傍ら、大阪大学大学院文学研究科や社会技術共創研究センター(ELSIセンター)の招へい教員を務めています。哲学の研究者として「コミュニケーションに関わる哲学」を専門にしつつ、同時にビジネスの場においてはデータビジネスの専門家でもあります。

朱さんからは、ビジネスとアカデミアの二足のワラジをはくようになった経緯について、ビジネスパーソンとして取り組まれているお仕事の内容について、そして倫理的観点から「つなぐ」人材の重要性について、ご紹介いただきました。

もともと朱さんは、アカデミア研究者という将来像を描いて言語哲学(プラグマティズム言語哲学)を研究されていました。修士論文に取り組んでいた頃、「研究だけの人生で後悔しないだろうか、他の選択肢を試すべきではないか?」と考え、「お試し」として就職活動を始め、研究の話に最も興味を持ってくれたということもあって株式会社電通に就職されました。就職してからの3年間は研究から離れて、マーケティングやコンサルティングなどの仕事に集中されていました。働き始めてみると、多種多様な企業と仕事ができるという面白さも感じつつ、「会社をやめなくても研究が続けられる」ということが分かり、会社に在籍しながら哲学の研究を再開すべく、博士後期課程に進学することを決めたそうです。

現在は、哲学の専門性とも関連させながら、データを用いたビジネスに対して、言葉遣い・図表などの可視化を含めたより良い表現(ボキャブラリー)を開発するお仕事に携わっていらっしゃいます。データを用いたビジネスとして、顧客のアンケートに基づく「意識データ」(認知度、好感度、購入意向など)ではなく、顧客のスマートフォンなどから得られる「行動データ」(広告クリック、ウェブページ閲覧、購買など)を扱っている今日のビジネスの倫理について、特に、法的課題や社会的課題とは異なる特徴について詳しくお話しいただきました。企業の理念や倫理を言語化して顧客に伝えることが、行動データを扱うSociety5.0のビジネスで重要であるとのことでした。

質疑応答の時間には、博士号の取得について、また、電通でのお仕事について、朱さんの経験を深堀りするような質問が挙がりました。その一部をご紹介します。

Q. 企業で働きながら博士号を取得するメリットとデメリットは?
A. まずは、「つなぐ」仕事をする際に、哲学という自分の専門性を軸に、一種のライセンスとして機能し、専門家として敬意を払ってもらえる、というメリットがある。加えて、行動データを扱うビジネスを展開するような企業に所属する工学や情報科学の博士と、議論しやすくなる(分野は違うけれど同じ「専門家」として話すことができるので)、ということもある。
一方、企業で働きながら博士号を取得するデメリットとしては、同時進行の難しさを挙げることができるかもしれない。時間の使い方などの工夫も必要。

Q. 電通でお仕事をするなかで、楽しかった経験や辛かった経験は?
A. ビジネスの現場において、暗黙的な哲学のニーズを発見して言語化できたことは楽しい経験として挙げることができる。逆に、難しいと感じていることとしては、価値観や理念を言語化するという仕事は、明確な「型」があるものではないので、クライアントによっては課題や重要性を理解してもらえないことがある。


朱さんのお話の中で印象的だったのは、企業で働いた経験が、研究を進める上でも活きた、というエピソードでした。修士論文に取り組んでいた頃は1人で文献研究を進める「個人で頑張る研究」しか知らなかったけれど、ビジネスの現場を経験した後は、「人と協力する共同研究」というスタイルへと視野が広がったと仰っていました。朱さんは「お試し」として就職したと表現されていましたが、企業で働いた経験を通じて研究の幅や視野を広げられたことに驚きました。企業への就職かアカデミアか、という二者択一の選択ではなく、どちらも経験し両立する、という朱さんのキャリアは非常に参考になりました。


文:須藤 麻希(理学研究科 博士後期課程2年)、「科学技術コミュニケーション入門B」担当教員


【案内文】
セミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2021年度夏)」の最終回を2021年7月20日(火)に開催します。



今シーズンは、特に、科学技術の倫理的・法的・社会的課題(ELSI)に関する取り組みに関わっていらっしゃる方々をお招きしています。

今回のゲストは、朱喜哲さんです。
朱さんは、株式会社電通 ソリューション・デザイン局の主任研究員としてデータビジネスに携わる傍ら、大阪大学大学院文学研究科や社会技術共創研究センター(ELSIセンター)の招へい教員を務めていらっしゃいます。
哲学の研究者として「プラグマティズム言語哲学」を専門に博士号を取得。同時にビジネスの場においては先端的データビジネスの開発や社会実装にとりくんでいます。日々データビジネスの実務に取り組むなかで、とりわけその倫理的課題や競争力のあるビジネスを創出するうえでの人文社会科学アカデミアの貢献などを中心に、事例や考えていることをご紹介いただきます。

■第84回STiPS Handai研究会
○題目:つなぐ人たちの働き方(2021年度夏)#5
○ゲスト:朱 喜哲 氏(株式会社電通 ソリューション・デザイン局 主任研究員/大阪大学ELSIセンター 招へい教員)
○日時:2021年7月20日(火)15:10〜16:40
○場所:オンライン会議システム
    *事前申込をされた方には、メールで参加方法をお伝えします。
○対象:主に、大阪大学の学生・教職員 
 *全学部生・全研究科大学院学生を対象とした授業の一環として実施します。
 *この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎しますが、事前申込をお願いします。
○参加費:無料

○申込方法:以下のいずれかの方法で、事前のお申し込みをお願いします。
1)ウェブフォーム
申し込みフォーム(https://forms.office.com/r/HSSURPYrut)から、必要事項を記入の上送信をお願いします。

2)メール
以下の項目を明記の上、メールでstips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jpまでお送りください([at]は@にしてください)。
・氏名(ふりがな)
・所属
・参加を希望する回の日付

申し込みいただいた方には、オンライン会議システムへの参加方法をメールにてお送りします。


プログラム
1)はじめに(10分程度)
2)ゲストによる話題提供「アカデミアと地続きにあるビジネス——Society5.0とELSI」(30分程度)
3)質疑応答&ディスカッション(50分程度)

ゲストプロフィール
朱 喜哲 氏(株式会社電通 ソリューション・デザイン局 主任研究員/大阪大学 社会技術共創研究センター(ELSIセンター)招へい教員)
大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。電通にてマーケティング・アナリティクスおよびプランニングに従事し、近年はデータビジネスの倫理的課題の研究と社会実装にもとりくむ。共著に『信頼を考える――リヴァイアサンから人工知能まで』(勁草書房、2018)、『在野研究ビギナーズ』(明石書店、2019)、共訳に『プラグマティズムはどこから来て、どこに行くのか』(勁草書房、2020)など。

○その他:
・大阪大学COデザインセンターが開講する2021年度夏学期授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催します。
・この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎します。

○申込先・問い合わせ先:公共圏における科学技術・教育研究拠点(STiPS)
 stips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jp([at]は@にしてください)

○主催:公共圏における科学技術・教育研究拠点(STiPS)
○共催:大阪大学COデザインセンター、大阪大学 社会技術共創研究センター(ELSIセンター)

本シリーズについて
科学や技術に関係する仕事がしたいけれど、研究者になりたいわけではない…
大学で学んだ専門を活かせる仕事に就きたい…

こんなモヤモヤした将来への悩みを抱えている方にお届けするセミナーシリーズです。

マスメディアや研究機関、行政機関といった、多彩な現場で活躍されているゲストから、
・異なる領域の間で働くということ
・自分の専門を現場で活かすということ
・専門が活きる仕事を創り出すということ
などについてお話を伺いながら、参加者も交えて議論します。


「つなぐ人たちの働き方(2021年度夏)」は以下のようなスケジュールで実施します。
#1 6月22日(火)日本科学未来館/科学ライター・詫摩雅子さん
 http://stips.jp/20210622/
#2 6月29日(火)株式会社メルカリ R4D・藤本翔一さん
 http://stips.jp/20210629/
#3 7月6日(火)京都大学iPS細胞研究所(CiRA)上廣倫理研究部門・三成寿作さん
 http://stips.jp/20210706/
#4 7月13日(火)JST 社会技術研究開発センター(RISTEX)・濱田志穂さん
 http://stips.jp/20210713/
#5 7月20日(火)株式会社電通 ソリューション・デザイン局・朱喜哲さん
 http://stips.jp/20210720/


フライヤー(PDF:643KB)