つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)#1 日本科学未来館/科学ライター・詫摩雅子さん

2020年6月23日(火)、科学技術と社会のあいだで活躍する実践者から学ぶセミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)」第1回が開催されました(授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催)。Zoomウェビナーで開催したオンラインセミナーに31人が集いました。



この日のゲストは、詫摩雅子さんでした。詫摩さんは、新聞社に20年間近く勤めた後、2011年から日本科学未来館に勤務されています。日本科学未来館は、来館者に先端技術をどう使っていくのかを考えてもらうような企画や展示を行う、加えて、「科学コミュニケーター」を育てて輩出していくというミッションをもっています。ここで、詫摩さんは、科学コミュニケーターの“親玉”として、若手の科学コミュニケーターがたてた企画にアドバイスをするということなどをされています。学生時代に生物を専攻されていたということ、そして、新聞社に長くお勤めだったこと、というバックグラウンドを活かして、生物系の話題の時事問題(例えば、ヒト受精卵へのゲノム編集について)をよく扱っていらっしゃるそうです。

詫摩さんは、昨今の新型コロナウイルスの感染拡大にまつわる企画の仕掛け人でもあります。その企画とは、小学生が大人と一緒に見ることを想定した展示パネル「わかんないよね新型コロナ」の制作、また、ニコニコ生放送「わかんないよね新型コロナ だからプロにきいてみよう」の放送というものです。

*展示パネル「わかんないよね新型コロナ」やニコニコ生放送「わかんないよね新型コロナ だからプロにきいてみよう」の詳細は、日本科学未来館のウェブページ(https://www.miraikan.jst.go.jp/resources/COVID-19/)にまとまっています。

まずは、3月中旬に公開した展示パネルの意図についてお話いただきました。この春、全国的に学校が休校になっていました。日常的にテレビや新聞などで新型コロナについて扱われているものの、小学生にもわかるようにまとめられた情報はほとんどありませんでした。そこで、小学生(特に高学年)向けに、大人と一緒に見ることを想定した展示パネルを作ろう、と考えたのだそうです。この時、展示パネルは後から情報の追加や変更はできないので、「すぐに変わりそうな情報は扱わない」むしろ「次の新興感染症の登場のときにも役に立つ情報を扱う」という方針を明確に持って展示パネルの制作にあたったそうです。

そして展示パネルには含めることができないような情報(飛び交うデマや誤解、疑問など)に応えていきたいという思いから、ニコニコ生放送の企画「わかんないよね新型コロナ だからプロにきいてみよう」が生まれた、というお話でした。「視聴者の不安をあおらない」ということを心がけ、「完璧を目指さず、小さな対策を少しずつ積み重ねることにより、リスクを少しずつ減らしていこう」ということを主要なメッセージにして放送を続けていらっしゃったそうです。

しかし、実際に企画を実現させるためには大変なことも多いようです。現在進行形で進み、状況が刻々と変化するものに関する情報発信というものは、安易に手を出すことができません。その理由は、情報の賞味期限が短く、後から見たときに間違った情報を発信していたということが起こり得るということ、そして、そのために“炎上”してしまう可能性もあるということ。加えて、大手のメディアもさかんに情報を発信するということもあって、他とは違った切り口で情報発信を行っていかなければならないということもあります。さらにそれが、感染症をテーマにするとなると、人の命に関わることにもなるので、慎重に慎重を重ねなければならないということもありました。

今回、詫摩さんたちのチームが、どのようなスピード感で新型コロナウイルスに関する情報発信を行っていったのかを時系列に沿って(“日表”という形で)教えていただきました。詫摩さんが新型コロナウイルスに関する情報を初めて見たのは2019年12月31日。ネットで流れてきたニュース記事だったそうです。それからは個人としてこの話題を気にかけていました。年が明けて1月16日に日本で初めての感染者が出て、中国でヒトからヒトへの感染が確認され、武漢が封鎖され、と状況が変化していく中で、1月27日に「新型コロナに関する企画を何かするように」という指示が降りてきたそうです。しかし、その時詫摩さんは「今はまだそのタイミングではない」という判断をされたのとこと。判断の理由はいくつかあったそうですが、そのうちの1つは、未来館を運営しながら片手間にできるような仕事ではないというものだったからです。

その後、日本国内でも感染が拡大し、2月末に未来館の休館が決まり、科学コミュニケーターが新型コロナウイルスに関する企画に集中できるという状況になってから初めて展示パネルの制作にとりかかったそうです。展示パネルの公開が3月17日、そして、パネルを補う企画としてニコニコ生放送が始まったのが4月1日でした。

このニコニコ生放送「わかんないよね新型コロナ だからプロにきいてみよう」の企画が動き出すきっかけとなった人物が国立国際医療研究センターの堀成美さんという方です。3月25日に堀さんが詫摩さんに声をかけ、その7日後の4月1日に実際にニコニコ生放送が始まりました。国立国際医療研究センター 国際感染症センターと日本科学未来館というどちらも国の組織が関わる企画で、このスピード感で実現できた訳は、これまでに信頼関係を築いてきた堀さんの存在があったから、とのことでした。もちろん、ドワンゴさんやサポートスタッフの支えもあって、企画に専念し、実行できたのだそうです。

詫摩さんが大事にしている「つながり」のコツについても教えていただきました。まずは、自分がつながるということです。詫摩さんは、SNS、特にTwitterを活用されているそうです。「正しく狼煙を上げることが重要」という言葉を使われていました。つまり、自分の立ち位置を明確にした上で、正しい情報を発信することで、周りの人々から適切な情報や意見をもらうことができるようになるというお話でした。そして、日々雑な仕事をしない、最後までそのトピックに付き合うということも相手に信頼されるために重要なことだということでした。

詫摩さんの「自分の手に負えない案件には手を出さない。」というという言葉が印象的でした。時間的、精力的な余裕がないときに自分が持つ能力以上のことを行おうとしない。これは、詫摩さんがおっしゃっていた、最後まで付き合う、雑な仕事はしないということにもつながっていると思います。お仕事への誠実な向き合い方を学ぶことができた回でした。


文:池田 夏穂(理学部化学科 1年)、「科学技術コミュニケーション入門B」担当教員


以下、当日、セミナー開催中に参加者から寄せられた質問と詫摩さんから後日回答していただいたものの一部を掲載します。

Q1. 展示パネル「わかんないよね新型コロナ」に掲載する際の情報を大きく4つ(「新型の何がこわいの?」「感染ってどういうこと?」「予防方法は?」「検査結果をどう受け止める?」)に絞る際に苦労したことは?

A1. よくぞ聞いてくださいました! 情報更新が難しい展示パネルという形態なので、最初から「新型コロナにかかわらず次の新興感染症がでたときにも通用するトピック」と絞りこんではいました。ですが「健康とはどういう状態か」「消毒・殺菌・除菌・抗菌の違い」「細菌とウイルスの違い」などがあり、どれも捨てがたいトピックでした。医療者でも研究者でもない一般の人に本当に使える情報は何かで絞り込みましたが、ここに書いたトピックは新型コロナとは別に、伝え続けていくべきテーマと今も思っています。


Q2. (4月から5月の)ニコニコ生放送の放送時間ですが、なぜ正午の時間帯を選んだかを知りたいです!

A2. 大事なのは「定時に毎日」でした。平日の場合、ドワンゴさん(ニコ生の運営会社)から視聴者が多いのは18時以降か昼休みの時間帯と聞いていました。休校中のお子さんと親御さんが見てくださりやすい時間帯と言うことと、病気の話だからこそ(しかも、差別やメンタルの不調にもつながりやすいテーマ)お陽さまのある明るい時間にやろうと思いました(3月末の東京では18時はちょうど日没の時間でした)。


Q3. ニコニコ生放送での放送に間に合わず手書きの図を書いて放送、翌日に綺麗な図に成形したというエピソードを聞いて、そのスピード感にびっくりした。科学コミュニケーションを行う上でデザインの重要性など、何か意識していることがあれば教えてください。スライドのデザインや放送時の科学コミュニケーターさんたちの背景などが、可愛いくてこだわりがありそうでした。

A3. 背景として使っていた新型コロナウイルスのイラストは、デザイン系出身の未来館スタッフが描いてくれました。科学コミュニケーターの多くはデザインという意味ではアマチュアですが、普段から質の高いものを見ているので(未来館だけでなく、科学雑誌やウェブサイトで)自然と学んでいるのだと思います。コツは情報を詰め込みすぎない。そのときの話で大事なところだけを描いて、他は潔く捨てる、でしょうか。一応、研修として座学はありますが、パワポの余白の取り方とか、文字色の使い方などです。


Q4. 「片手間でできる仕事ではない」と全てのメディアがより深く考えるべきで、それができていればこんな混乱が起きるはずはないと感じた。

A4. 若干メディアの擁護をすれば、彼らの本務は「報道すること」なので、これだけの社会問題を扱わないという選択肢はありえません。問題は、彼らが適切な専門家を選べなかったことだと思っています。複数の人に当たれば、どの人が適切かわかったはずなのですが。たとえば、感染したタレントさんや芸能記者さんが投与された未承認薬アビガンの効能を評価するのは仕方がないと思いますが、社内の科学部の記者であれば、アビガンの効果か本人が自力で治ったのか区別はできないとわかったはずです(8割は医療介入なしで治っていますから)。それを言う人はいたはずですが、聞く耳を持たずに自分たちが担いだ“専門家”に乗っかってしまったんですね。



【案内文】



2020年6月23日(火)から、セミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)」がスタートします。

今シーズンは、特に、新型コロナウイルスに向き合わざるを得ない状況で、「つなぐ人たち」がそれぞれの立場でどのような活動をされているのか、また、この先の社会のなかで「つなぐ人」が果たすべき役割について話し合ってみたいと思います。

初回のゲストは、日本科学未来館の詫摩雅子さんです。
日本科学未来館では、2020年3月17日に小学生が大人と一緒に見ることを想定した展示パネル「わかんないよね新型コロナ」のPDFデータをウェブサイトから一般公開。さらに4月1日からは、国立国際医療研究センター国際感染症センターと共同で、ニコニコ生放送「わかんないよね新型コロナ だからプロにきいてみよう」を放送しています。
詫摩雅子さんは、これらの企画の仕掛け人の1人です。また、詫摩さんは、ライターとしても活躍されています。幅広い活動をされているからこそ見える世界があるかもしれません。詫摩さんの「つなぐ人」像をお伺いします。

■第63回STiPS Handai研究会
○題目:つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)#1
○ゲスト:詫摩 雅子 氏(日本科学未来館 科学コミュニケーション専門主任)
○日時:2020年6月23日(火)15:10〜16:40
○場所:オンライン会議システム
    *事前申込をされた方には、メールで参加方法をお伝えします。
○対象:主に、大阪大学の学生・教職員 
 *全学部生・全研究科大学院学生を対象とした授業の一環として実施します。
 *この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎しますが、事前申込をお願いします。
○参加費:無料

○申込方法:以下の方法で、事前のお申し込みをお願いします。
1)ウェブフォーム
申し込みフォーム(https://forms.gle/cXQoUbBN4LP64YWo8)から、必要事項を記入の上送信をお願いします。
2)メール
以下の項目を明記の上、メールでstips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jpまでお送りください([at]は@にしてください)。
・氏名(ふりがな)
・所属
・参加を希望する回の日付

申し込みいただいた方には、オンライン会議システムへの参加方法をメールにてお送りします。

○その他:
・大阪大学COデザインセンターが開講する2020年度夏学期授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催します。
・この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎します。

○申込先・問い合わせ先:stips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jp([at]は@にしてください)

○主催:公共圏における科学技術・教育研究拠点(STiPS)
○共催:大阪大学COデザインセンター、大阪大学 社会技術共創研究センター


プログラム
1)はじめに(10分程度)
2)ゲストによる話題提供「ニコニコ生放送「わかんないよね新型コロナ だからプロにきいてみよう」の裏側」(30分程度)
3)質疑応答&ディスカッション(50分程度)

ゲストプロフィール
千葉大学大学院理学研究科修士課程修了後、日本経済新聞社に入社。科学技術部、日経サイエンス編集部で、生物学、医学・医療、心理学などの分野を担当した後、2011年4月より日本科学未来館で勤務。2017年9月より、フリーでのライター&編集者活動も行なっている。


本シリーズについて
科学や技術に関係する仕事がしたいけれど、研究者になりたいわけではない…
大学で学んだ専門を活かせる仕事に就きたい…

こんなモヤモヤした将来への悩みを抱えている方にお届けするセミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方」を開催します。

マスメディアや研究機関、行政機関といった、多彩な現場で活躍されているゲストから、
・異なる領域の間で働くということ
・自分の専門を現場で活かすということ
・専門が活きる仕事を創り出すということ
などについてお話を伺いながら、参加者全員で議論します。

「つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)」は以下のようなスケジュールで実施します。

#1 6月23日(火)日本科学未来館/科学ライター・詫摩雅子さん
#2 6月30日(火)兵庫県立人と自然の博物館・三橋弘宗さん
#3 7月7日(火)朝日新聞 科学医療部 記者・合田禄さん
#4 7月14日(火)京都大学iPS細胞研究所 国際広報室・和田濵裕之さん
#5 7月21日(火)科学コミュニケーター(フリーランス)・本田隆行さん

フライヤー(PDF:438KB)