つなぐ人たちの働き方(2020年度冬)#3 京都大学iPS細胞研究所 医療応用推進室・荒川裕司さん

2021年1月5日(火)、科学技術と社会のあいだで活躍する実践者から学ぶセミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2020年度冬)」の第3回が開催されました(授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催)。Zoomウェビナーで開催したオンラインセミナーに22人(スタッフや授業の受講生も含む)が参加しました。


今回のセミナーに関して、参加していた2人の学生が開催レポートを書きました。以下、それぞれの視点で切り取った当日の様子です。どうぞご覧ください。

・1人目の開催レポート
この日のゲストは、現在、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)医療応用推進室でお仕事をされている荒川裕司さんでした。荒川さんは東京大学大学院工学系研究科の修士課程を修了され、半年ほど日本科学未来館の科学コミュニケーターを経験された後に、2011年11月に薬系技官として厚生労働省に入省されました。これまでに、再生医療の法改正検討や、医薬品の承認審査などの業務を経験されてきました。2019年4月から2021年3月までは、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)へ出向をされています。

荒川さんからは「研究職ではない理科系の活躍の場」というタイトルで、主に厚生労働省における業務について、2つの事例をもとにお話しいただきました。

まず入省されて最初に担当されたのは、再生医療の法改正検討業務だったそうです。近年、再生・細胞医療の分野は、京都大学の山中伸弥教授によるヒトiPS細胞の樹立によって、その実用化が大きく進展してきたそうです。しかし当時、この技術をどのように医療に使えばよいのかという法律に基づいた規制がなかったそうです。そのために、各研究者が、それぞれの判断で研究を進めなければならないという状況でした。

また当時(2010年頃)、幹細胞治療をうたった処置に関して健康被害が出てしまうような事案が発生したこともあって、単に再生医療を推進するだけではなく、ある程度安全性を確保するための規制を設けた上で進めていく必要があるのではないか、ということが言われ始めました。規制を設けると事業活動が制限されると思われがちですが、むしろ、規制に沿った、安全性が確保された事業活動や実用化が促進されるようになる場合もあるというお話でした。

これらを踏まえた上で、「再生医療の安全性確保と推進に関する専門委員会」において議論を重ねながら、再生医療及び細胞治療のリスクの大きさに沿った実施手続き案などが作成されることになりました。この専門委員会には、法律の専門家や、患者団体の代表者、医師会・医療関係者などの再生医療を実際に行っている医療関係者、医療倫理の専門家など、それぞれの立場を代表する委員が参画していたそうです。

荒川さんはここで、「役所の仕事として重要なのは、民主主義のプロセスを回すことである」とお話しされていました。それは、具体的には、委員会という会議体の中で、全関係者が納得するような案を確認していく手続きをすすめていくことです(他にも、パブリックコメント、関係者やメディアとの意見交換、ときには国会での議論など)。厚生労働省として何がしたいかというよりも、厚生労働省が各ステークホルダーの意見をまとめ、利害調整を行うことの方に重きを置いているとのことでした。印象的だったのは、専門委員会の中では、多数決ではなく、基本は「全会一致」となることを目指して意見を調整するというお話でした。

こういった手続きを踏まえて「再生医療等の安全性の確保等に関する法律の概要」が平成25年11月27日に公布され、平成26年11月25日に施行されたそうです。リスクに応じた手続きの段階分け、製造は許可制とすることなどが定められたそうです。「このような手続きを踏めば、再生医療を実施して良いという“レールが敷かれた”ことであり、少なくともこの制度に従っていれば最低限の安全性が確保されるということが社会に認められたことがこの法律の意義である」と荒川さんはお話しされていました。

次に紹介をしていただいたのは、遺伝子検査関連製品の薬事申請についてです。
最近、医療の中で使われ始めるようになった遺伝子検査に必要なものとして、次世代シーケンサーや各種試薬、解析用プログラム等があるそうですが、当時これらがどのように薬事申請すればよいか決まっていない状況であったそうです。医療に使うものは国の薬事審査を受けなければならないのですが、当時はそもそも申請の仕方が決まっていなかったために、遺伝子検査の業界が困っていたという事情があったそうです。

この状況を解決するために、荒川さんたちはまず、遺伝子検査システムについて整理することから始め、シーケンサー、各種試薬、解析プログラムがそれぞれどの承認審査の分野に該当するのかを決めるということに取り組まれたそうです。具体的な業務としては、次のような流れだったそうです。1)遺伝子検査に携わる病院の先生方やメーカーの担当者からヒアリングを行う、2)承認審査を行うPMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)と意見交換を行なう、3)業界団体(体外診断薬メーカー等)との意見交換を行う、4)これらをまとめたものを通知案として作成する、5)通知案に関して関係者に意見聴取、そして、6)通知案として発出。

最後に、荒川さんからは、厚生労働省でのお仕事について、「最新の科学技術に関わることが出来る、最新の科学技術を実社会で活用していくための手伝いが出来ること」が大きな魅力というお話がありました。「国家公務員は“プレイヤー”にはならない。あくまで、 “プレイヤー”を手伝う黒子のような仕事ではある。ただ、規制やルールを整えることは役所にしかできない。そういう、自分にしかしかできないことをやっているということがやりがいにつながっている。」ということでした。

質疑応答の時間には、参加者からたくさんの質問が寄せられました。特に、紹介のあった1つ目の事例の中で出てきた「専門委員会での議論は「全会一致」を目指す」ということに関する議論が行われました。他には、厚生労働省で働きたいと思ったきっかけや、最近の働き方改革についての質問も寄せられ、その一つ一つに荒川さんの実体験を交えながら丁寧に答えていただきました。

文:R. N.(薬学研究科 博士前期課程1年)、「科学技術コミュニケーション入門B」担当教員


・2人目の開催レポート
今回のゲストは、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)医療応用推進室の荒川裕司さんでした。「研究職ではない理科系の活躍の場」というタイトルで話題提供をしていただきました。

まずは、修士課程から今に至るまでの経歴について紹介がありました。荒川さんは、東京大学大学院工学系研究科の化学生命工学専攻で修士課程に在籍していました。当時は、主には機能性有機化合物の設計、合成、評価について研究をしていました。修士課程を修了したあと、約半年間日本科学未来館で科学コミュニケーターとして働いたのち、2011年11月に、薬系技官として厚生労働省に入省しました。以来、医薬品の承認審査業務や薬事法改正、再生医療等製品や体外診断用医薬品の承認審査業務等に従事してきた荒川さんですが、今は、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)に出向中です。

この日は厚生労働省で荒川さんが関わった2つの事例(再生医療に関わる法改正や遺伝子検査の薬事申請手続きの通知について)を紹介していただきながら、行政官の仕事と「つなぐ」意味について教えていただきました。

1つ目の事例は、荒川さんが入省直後に関わった再生医療に関わる法改正についてです。再生医療とは、病気やけがで機能不全になった組織・臓器を、細胞を積極的に使用して、その機能の再生をはかるという医療であり、創薬のための再生医療技術の応用にも期待が寄せられています。いろんな病気の治療に役立つかもしれないというメリットがある一方で、倫理面の課題や、治療に使用する細胞のリスク等も指摘されています。

この再生医療ですが、当時(2011年頃)は、再生医療を治療に応用することに関する法律による規制はありませんでした。規制がない状態では、安全性が確保されないまま治療が実施される恐れがあります。また、安全性を確保して実施したいと思っても、どのような手続きを踏めばよいのか分からないという懸念が生じます。再生医療を安全に推進するためには、法改正が必要であるという状況があったそうです。

再生医療に関わる医療関係者や、患者団体の代表、生命倫理の専門家、法律の専門家等の各界の代表によって構成された「再生医療の安全性確保と推進に関する専門委員会」によって、法律の枠組みなどの案が作成されました。その中で行政官の役割としては、法改正のために必要な専門家を集めることや、各ステークホルダーの利害や関心を把握し、相互の対話がスムーズに進むように調整することになります。

次に紹介された事例は、遺伝子検査に関わるものです。遺伝子検査は、患者の細胞の遺伝子を解析し、遺伝子の変異を検出することによって、がんの診断や治療などに役立てるというものです。遺伝子検査がいろんな場面で活躍する余地があるものの、遺伝子検査に必要な要素である、次世代シーケンサー、各種試薬、解析用プログラムについては、どのように薬事申請すればよいのかということが定められていませんでした。この課題を解決するために、荒川さんたちは、遺伝子検査に関連する薬事申請の手続きを整えました。具体的には、遺伝子検査に携わる病院の先生方、メーカーの担当者からヒアリングをしながら、審査側や業界団体と意見交換をしたうえで、通知案を作成するということをされたそうです。

この2つの事例を通して、荒川さんは、科学技術を社会に応用する時に生じる課題を解決するために規制や手続きを整えるということをされていました。その際、各領域の専門家、医療者、メーカーや患者等を「つなぐ」役割を担っていました。最後に、荒川さんは、厚生労働省での仕事の魅力について、「最新の科学技術に関わることができる」と「最新の科学技術を実社会で活用していくための手伝いができる」ということを挙げていました。

実施後、参加者から届いた感想には、以下のようなものがありました。
「言葉そのままでなく、その言葉が出た背景を想う事が大切というのが印象的でした。また、医療関係のことであれば、最終的に患者さんに説明できるか、ということを判断材料にしているというのが素晴らしいなと思いました。」
「委員会における荒川さんはじめ官僚の方々のお仕事は、ファシリテーターの要素も大きいように感じました。個人的にお話をして意向を知るという機会も多いというお話をされていたと思うので、他の職務もたくさんあるとは思うのですが、そこに科学コミュニケーターのご経験などもつながって来ているのでは、と勝手に考えたりしました。」

文:XU JUNQING(人間科学研究科 博士後期課程2年)、「科学技術コミュニケーション入門B」担当教員


【案内文】
2021年1月5日(火)、セミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2020年度冬)」の第3回を開催します。



第3回のゲストは、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の荒川裕司さんをお招きします。
大学院修了後に、日本科学未来館の科学コミュニケーターとなり、そして、厚生労働省に入省という少し変わった経歴をお持ちの荒川さん。
今回は、主に厚生労働省での経験をお伺いしたいと思います。行政官という立場だからこそできる「科学技術と社会のつなぎ方」をお話いただきます。

■第70回STiPS Handai研究会
○題目:つなぐ人たちの働き方(2020年度冬)#3
○ゲスト:荒川 裕司 氏(京都大学iPS細胞研究所(CiRA)医療応用推進室 特命講師)
○日時:2021年1月5日(火)15:10〜16:40
○場所:オンライン会議システム
    *事前申込をされた方には、メールで参加方法をお伝えします。
○対象:主に、大阪大学の学生・教職員 
 *全学部生・全研究科大学院学生を対象とした授業の一環として実施します。
 *この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎しますが、事前申込をお願いします。
○定員:30人程度(先着順)
○参加費:無料

○申込方法:以下の方法で、事前のお申し込みをお願いします。
1)ウェブフォーム
申し込みフォーム(https://forms.gle/h9MheAEXMVLSNaUJ7)から、必要事項を記入の上送信をお願いします。
2)メール
以下の項目を明記の上、メールでstips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jpまでお送りください([at]は@にしてください)。
・氏名(ふりがな)
・所属
・参加を希望する回の日付

申し込みいただいた方には、オンライン会議システムへの参加方法をメールにてお送りします。

ゲストプロフィール
2011年東京大学工学系研究科修了、日本科学未来館勤務、厚生労働省入省(医薬食品局総務課)。2012年に医薬食品局審査管理課で医薬品の承認審査業務や薬事法改正、2014年には医薬食品局医療機器・再生医療等製品担当参事官室で再生医療等製品や体外診断用医薬品の承認審査業務に従事。2016年から厚生労働省保険局医療課で抗がん剤オプジーボの緊急薬価改定や薬価制度の抜本改革に従事し、2018年からは厚生労働省医政局研究開発振興課で臨床研究法を担当し、2019年から現職。


プログラム
1)はじめに(10分程度)
2)ゲストによる話題提供「研究職ではない理科系の活躍の場」(30分程度)
3)質疑応答&ディスカッション(50分程度)

○その他:
・大阪大学COデザインセンターが開講する2020年度冬学期授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催します。
・この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎します。

○申込先・問い合わせ先:公共圏における科学技術・教育研究拠点(STiPS)
 stips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jp([at]は@にしてください)

○主催:公共圏における科学技術・教育研究拠点(STiPS)
○共催:大阪大学COデザインセンター、大阪大学 社会技術共創研究センター


本シリーズについて
科学や技術に関係する仕事がしたいけれど、研究者になりたいわけではない…
大学で学んだ専門を活かせる仕事に就きたい…

こんなモヤモヤした将来への悩みを抱えている方にお届けするセミナーシリーズです。

マスメディアや研究機関、行政機関といった、多彩な現場で活躍されているゲストから、
・異なる領域の間で働くということ
・自分の専門を現場で活かすということ
・専門が活きる仕事を創り出すということ
などについてお話を伺いながら、参加者も交えて議論します。

「つなぐ人たちの働き方(2020年度冬)」は以下のようなスケジュールで実施します。

#1 12月15日(火)読売新聞 科学医療部・中島達雄さん
#2 12月22日(火)大阪大学経営企画オフィス URA・川人よし恵さん
#3 1月5日(火)京都大学iPS細胞研究所 医療応用推進室・荒川裕司さん
#4 1月12日(火)自然エネルギー財団 上級研究員・相川高信さん
#5 1月19日(火)てつがくやさん/カフェフィロ副代表・松川えりさん



フライヤー(PDF:521KB)