つなぐ人たちの働き方(2020年度冬)#5 てつがくやさん/カフェフィロ副代表・松川えりさん
科学技術と社会のあいだで活躍する実践者から学ぶセミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2020年度冬)」第5回は、2021年1月19日(火)にZoomウェビナーを活用して、オンライン形式で開催されました(授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催)。大阪大学の学生を中心に22人(スタッフや授業の受講生も含む)が参加しました。今回のセミナーに関して、参加していた2人の学生が開催レポートを書きました。以下、それぞれの視点で切り取った当日の様子です。どうぞご覧ください。
・1人目の開催レポート
今回のゲストは松川えりさんです。松川さんは、フリーランスの「てつがくやさん」として活動されています。まず、「てつがくやさん」としての仕事について、哲学カフェで何をしているのか、そもそも哲学とは…といったところからお話をしていただきました。
「てつがくやさん」の主な仕事は、哲学カフェを企画し実施することです。哲学カフェは、「お金があったら幸せか」「恋と友情の違い」「生きる意味って?」といった人生の中で誰もが一度は考える身近な、けれど正解のない問いについて、気軽に話し合うことができる場です。そもそも、哲学とは一体なんなのでしょうか。松川さんによると、「正解が決まっていない問題について様々な視点から多角的にじっくり深く探究すること!」だそうです。哲学カフェを進行しながら、参加者それぞれの「はなして・きいて・かんがえる」を手伝うことも「てつがくやさん」の重要な仕事です。
松川さんは臨床哲学研究室出身であることから、「現場で、現場の人と一緒に考える」という思いが活動の「根っこ」になっているとお話されていました。依頼者のニーズに寄り添い、募集する参加者層・テーマ・施設などにこだわったオーダーメイドの哲学カフェを企画することを大事にしています。例えば、「医療者のための哲学カフェ」は、医療現場において医療系学生の悩みが掬い上げられないといったニーズから出発し、職種・専門・上下関係を超えた「チーム医療のための対話力養成」という目的で、様々な医療関係者を集めて開催されました。「理解するってどういうこと?(医学知識、患者の気持ち)」「公私は区別すべき?(患者さんに誘われたら?職場の飲み会は?)」といったテーマを取り上げたそうです。
このような「てつがくやさん」の仕事は、国際的には哲学プラティショナー(哲学実践者)と言われ、研究としての哲学とは区別されています。哲学カフェで行われているのは「哲学対話(プラクティス)」と呼ばれるものです。松川さんは、哲学対話の重要な点として、「知らないことを知るのではなく、知っていることを改めて問う」「誰もが対等に話し合い、学び合う」「問題解決より、本当の問題は?(と問う)」の3つをあげていました。哲学対話では、「自分はなぜこの問題が気になるのか」「なぜ“問題”だと思うのか」という風に自分の内側の思考に耳を傾けることが重要だそうです。
つづいて、松川さんが「てつがくやさん」になった経緯についてお話ししていただきました。最初のきっかけは、修士1年生の時に先輩に哲学カフェに誘われて参加したことだそうです。博士課程に進んだ松川さんは、研究室の先生や先輩たちと哲学カフェを実施・サポートする団体「カフェフィロ」を設立します。ここで広報担当を務めたり金銭面のマネジメントを行ったりした経験が、現在の仕事にも役立っているとお話されていました。
その後、大阪大学のコミュニケーションデザイン・センター(COデザインセンターの前身)の特任研究員として採用されます。ここでのミッションは「コミュニケーションデザイン・センター内外の先生・学生、学外の人々をつなぐ」こと。具体的には、そのための広報デザインを考えることでした。共に取り組んだ同僚は、企業で広報デザインやマーケティングを行っていた経験がある、いわばその道のプロだったそうです。一緒に仕事をすることで、松川さん自身のできること/できないことが明確になったとお話しされていました。
「結局、哲学しかできない!」と思い至った松川さんは、その先に見える「哲学にできることは?研究じゃない哲学のあり方は?」と考え始めました。そして、「学術論文を書くような研究は得意ではないけれど、哲学の一番面白いと思える部分をいろんな人に分かりやすく伝えることはできそうだ」と気付きます。つまり、哲学を研究する大学教員になる“以外”の働き方を模索することにしたのです。
もともと哲学は、自然科学を含む「諸学問の基礎」として位置づけられていました。だからといって「哲学は諸学問の基礎なんだから大事にして!」と訴えても、門外の人たちをうんざりさせてしまうだけ。松川さんは、どうすれば人々に喜んでもらえるかを考えた結果、異なる領域・立場の人たちの間をつなぐことができれば、哲学も役に立てるのではないかと思いつきます。哲学は、「知の根っこ(前提)」を掘り起こし、人々の「当たり前」のズレを明らかにすることに役に立つ学問です。諸学問の専門化がますます進む中で、他の領域とつながることが不可欠になっている現状を考えると、人々の関心の交わるところに哲学のニーズがあると気付きました。こうして、哲学が社会において実際に人々の役に立てる契機を見つけた松川さんは、「てつがくやさん」として仕事をすることになったのです。
哲学が「やりたい人が趣味としてやるもの」というだけでなく、社会の中で実際に必要とされる形で力になれること、必要とする人と繋がれること。これからもそんな哲学のあり方を模索することが、「てつがくやさん」として働く中での研究テーマだと締め括られていたのが印象的でした。
文:宮本 実侑(人間科学部4年)、「科学技術コミュニケーション入門B」担当教員
・2人目の開催レポート
このセミナーシリーズも最終回。この日のゲストは、フリーランスの「てつがくやさん」として哲学カフェ/哲学対話を企画運営されている松川えりさんでした。松川さんは大阪大学の臨床哲学研究室の関係者が中心となって設立された哲学カフェ実施団体「カフェフィロ」の副代表も務めていらっしゃいます。
「てつがくやさん」の仕事とは何なのか。松川さんによれば、それは人の「はなして、きいて、かんがえる」を手伝うことだそうです。てつがくやさんのお仕事は哲学対話の企画、進行といういわばファシリテーターの役割で、松川さんは依頼者のニーズに合わせてその都度テーマやセッティングを変える、オーダーメイドの哲学カフェを大切にされています。このように哲学対話を企画運営する人のことを海外では「哲学プラクティショナー」と呼ぶそうですが、日本ではまだ海外ほどこの名称は知られていません。これまで実施されたテーマの例として、「努力は才能に勝てるのか」「義務と権利はセットなのか」「働くってどういうこと?」などを紹介していただきました。哲学カフェといっても難解な専門概念を使うものではなく、どれも私たちの生活の中で普通に登場する概念や、普段深く考えないようなことを深堀りする内容です。
松川さんは、哲学対話の特徴は「知らないことを知るのではなく、知っていることを改めて問い直すこと」と考えていらっしゃいます。知識を伝達することではなく、立場の違う誰もが対等に話し合い、学びあうこと。問題の解決方法を探るというよりは、本当の問題は何なのか、じっくり時間をかけて考えること。それこそが哲学対話だそうです。
では、松川さんはどのような経緯で今の「てつがくやさん」という職業にたどり着いたのでしょうか。松川さんは大阪大学大学院文学研究科 臨床哲学研究室のご出身です。学部も同じく大阪大学で、当時は倫理学研究室に所属されていました。臨床哲学研究室は、元 阪大総長である鷲田清一先生が設立された研究室で、哲学を現場で考えることを大切にしてきたところだとご紹介いただきました。
松川さんの哲学カフェとの出会いは、博士前期課程1年の時に先輩から誘われて哲学カフェに参加したことからはじまったということです。そこで哲学カフェの面白さを知って活動を続け、博士後期課程進学後には先輩や先生と共に冒頭で紹介したカフェフィロを設立されました。3年次には研究の傍ら、RAとして哲学カフェの企画運営に関わる「対話創設のための実践研究」も実施されたとのことでした。
その後、松川さんは現在の大阪大学COデザインセンターの前身である大阪大学コミュニケーションデザイン・センターで特任研究員に採用され、センター内外の先生や学生、学外をつなぐための広報のお仕事(ウェブサイト編集など)を経験されました。松川さんはこの特任研究員時代を振り返り、自分にできることとできないことが明確になった時期だとおっしゃっていました。このとき、自分にできるのは、哲学の特徴(前提を問い直す)を活かして、専門家と非専門家、異なる専門領域をつなぐことだと気づかされました。それがフリーランスの「てつがくやさん」としての松川さんの始まりだったそうです。
松川さんは哲学を、よく言われるような「諸学問の基礎」として伝えようとはされていません。そのような態度が、人々が哲学を敬遠する原因にもなっていると考えたからです。そうではなく松川さんにとっての哲学は、私たちの知の根っこである前提を掘り崩して当たり前のズレを明らかにし、関心が交わるところを探すことを可能にするため、領域と領域のあいだや、立場の異なる人の間をつなぐものです。松川さんによれば、「てつがくやさん」の仕事は、哲学と社会をつなぐことではありません。哲学対話をツールとして社会のさまざまな人や領域をつなぐことによって、結果的に社会と哲学がつながるようにすることである、というのが、松川さんの考えです。このような哲学は、よく「机上の空論」と批判されるようなものとは全く異なるものです。
質疑応答の時間には、フリーランスの「てつがくやさん」としての具体的な働き方についての質問から、哲学カフェの運営方法についての質問、松川さん自身の哲学観や今後のビジョンについての質問など、時間いっぱいまで多くの質問が寄せられました。松川さんにはひとつひとつ丁寧にお答えいただき、議論もおおいに盛り上がりました。
文:藤原 茉唯(人間科学研究科 博士前期過程1年)、「科学技術コミュニケーション入門B」担当教員
【案内文】
2021年1月19日(火)、セミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2020年度冬)」の第5回を開催します。
今シーズン最終回のゲストは、てつがくやさん/カフェフィロ副代表の松川えりさんです。
松川さんは、阪大文学研究科に在籍していた頃からこれまでに、哲学カフェや対話セミナーのファシリテーターを数多く務めていらっしゃいます。
この日は、フリーランスの哲学者として生きる松川さんから、阪大でどのようなことを学び、それをいまどのように活かしているのかをお伺いしたいと思います。
■第72回STiPS Handai研究会
○題目:つなぐ人たちの働き方(2020年度冬)#5
○ゲスト:松川 えり 氏(てつがくやさん/カフェフィロ副代表)
○日時:2021年1月19日(火)15:10〜16:40
○場所:オンライン会議システム
*事前申込をされた方には、メールで参加方法をお伝えします。
○対象:主に、大阪大学の学生・教職員
*全学部生・全研究科大学院学生を対象とした授業の一環として実施します。
*この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎しますが、事前申込をお願いします。
○定員:30人程度(先着順)
○参加費:無料
○申込方法:以下の方法で、事前のお申し込みをお願いします。
1)ウェブフォーム
申し込みフォーム(https://forms.gle/h9MheAEXMVLSNaUJ7)から、必要事項を記入の上送信をお願いします。
2)メール
以下の項目を明記の上、メールでstips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jpまでお送りください([at]は@にしてください)。
・氏名(ふりがな)
・所属
・参加を希望する回の日付
申し込みいただいた方には、オンライン会議システムへの参加方法をメールにてお送りします。
ゲストプロフィール
大阪大学大学院文学研究科博士後期課程 単位取得退学。学生時代より哲学カフェの活動を始め、2005年、大阪大学臨床哲学研究室のメンバーを中心に、哲学対話を実践・サポートする団体カフェフィロを設立。大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任研究員を経て、フリーランスのてつがくやさん(哲学プラクティショナー)に。岡山を拠点に、カフェ、公民館、福祉施設、病院、学校などで哲学カフェや対話ワークショップの企画・進行を行う。
プログラム
1)はじめに(10分程度)
2)ゲストによる話題提供「専門を活かす仕事をつくる〜てつがくやさんの場合〜」(30分程度)
3)質疑応答&ディスカッション(50分程度)
○その他:
・大阪大学COデザインセンターが開講する2020年度冬学期授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催します。
・この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎します。
○申込先・問い合わせ先:公共圏における科学技術・教育研究拠点(STiPS)
stips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jp([at]は@にしてください)
○主催:公共圏における科学技術・教育研究拠点(STiPS)
○共催:大阪大学COデザインセンター、大阪大学 社会技術共創研究センター
本シリーズについて
科学や技術に関係する仕事がしたいけれど、研究者になりたいわけではない…
大学で学んだ専門を活かせる仕事に就きたい…
こんなモヤモヤした将来への悩みを抱えている方にお届けするセミナーシリーズです。
マスメディアや研究機関、行政機関といった、多彩な現場で活躍されているゲストから、
・異なる領域の間で働くということ
・自分の専門を現場で活かすということ
・専門が活きる仕事を創り出すということ
などについてお話を伺いながら、参加者も交えて議論します。
「つなぐ人たちの働き方(2020年度冬)」は以下のようなスケジュールで実施します。
#1 12月15日(火)読売新聞 科学医療部・中島達雄さん
#2 12月22日(火)大阪大学経営企画オフィス URA・川人よし恵さん
#3 1月5日(火)京都大学iPS細胞研究所 医療応用推進室・荒川裕司さん
#4 1月12日(火)自然エネルギー財団 上級研究員・相川高信さん
#5 1月19日(火)てつがくやさん/カフェフィロ副代表・松川えりさん
フライヤー(PDF:521KB)