つなぐ人たちの働き方(2020年度冬)#1 読売新聞 科学医療部・中島達雄さん

2020年12月15日(火)、セミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2020年冬)」が始まりました。本シリーズは授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環としてウェビナー形式で開催され、全5回にわたり、科学技術と社会をつなぐ実践者にお話を伺っていきます。初回は、20人(スタッフや授業の受講生も含む)が参加しました。



今回のセミナーに関して、参加していた2人の学生が開催レポートを書きました。以下、それぞれの視点で切り取った当日の様子です。どうぞご覧ください。

・1人目の開催レポート
第1回のゲストは読売新聞 科学医療部の中島達雄さんです。中島さんは理工学部を卒業された後に読売新聞社に入社し、東京の科学部や大阪の科学医療部で記者として取材や記事の執筆をされてきました。その傍らで大学院にて原子力事故報道の特徴について研究し、学位も取得されています。今回は科学医療部で日々どのようなお仕事をされているのか、大学院で学んだことをどう活かし、考えているのかをお伺いしました。

中島さんのお話は、こんな質問から始まりました。「“てんま”と聞いて思い浮かべることは何ですか?」というもの。次の3つの選択肢が提示されました。1)翼を持つ馬。ペガサス、2)大阪の地名。天満駅、天満橋駅など、3)天津麻婆丼。ちなみに、大阪大学生協の定番メニュー「天津麻婆丼」を選ぶ人は40%程度で、回答にはばらつきがありました。この質問の意図は後半で。

中島さんは、学生時代から科学技術に関する報道に関心があったそうです。新聞社に入社し、数年間の地方局勤務の後は、科学全般に関わる取材を担当するようになりました。様々な分野(例えば、原子力、宇宙、科学技術政策など)を担当されてきたそうで、ノーベル賞はもちろん、研究費の不正使用に関する報道についても守備範囲です。現在はデスクという役を担っていらっしゃって、記者が書く記事(文章や図表)を編集するというお仕事をされています。

「紙面を作っていく上でいつも考えさせられるのは、ニュースの価値判断」というお話も伺いました。新聞である以上、載せられる文字数や図の大きさには制限があります。また、どの記事をどの面で報じるか、そして、どれぐらいの大きさで報じるのかを決定しなければなりません。これらは中島さんが博士課程で研究されたテーマでもあります。これといった正解があるわけでないないので、日々悩みながら判断し、新聞を発行したあとも検証しているそうです。

また、科学技術に関する報道にいつもついて回るのは、科学的な知見は上書きされていくものであるということです。毎日記事を書く中でゆっくりと十分な時間をかけて新しい知見について情報収集することはできません。ただ、その中でも、関連する論文を調査したり、その知見を発表した専門家の経歴を調べたり、その分野に詳しい第三者に話を聞いたりするなど、その時点でできる最大限の努力をし、なるべく正確な記事になるよう試行錯誤しているそうです。

一方で、その判断にも限界があり、あとから誤報だった、不正な研究だったといことが判明するような事態が起こってしまうこともあります。過去の苦い経験も踏まえつつ、事後検証や追求の重要性について話してくださいました。一般的に、訂正記事のインパクトは圧倒的に小さく、一度出した記事を同じ程度の影響力で否定することは困難です。また、同じ言葉を使っても読者によっては別の意味にとるということもあるので、内容の正確さだけでなく、言葉の使い方にも注意を払う必要があります。冒頭での「“てんま”と聞いて思い浮かべることは何ですか?」という質問は、こういった誤解はふとした機会に簡単に起こってしまうもの、ということを説明するためのものでした。

中島さんからの話題提供の後は、参加していた学生からの質問にお答えいただきました。そのうちの一部をご紹介します。

Q. そもそもなぜ新聞社に入社されたのですか?
A. 高校生の頃にジャンボジェットの墜落事故やチェルノブイリ原発事故などのニュースに触れて、科学技術の脆さを感じた。また、文章を書くことが好きで、足尾銅山鉱毒事件について朝日新聞に投書をしたこともある。学生時代、サークル仲間に「マスコミに向いているのでは?」と勧められたこともあって、新聞社への就職に至った。


Q. 働きながら、博士課程で学ぶことになった経緯を教えてください。
A. 東京大学に原子力に関する専攻が新設されたことがきっかけ。研究のテーマを原子力報道に関するものと設定したのは、新聞社で働きながら日々向き合っている「ニュースの価値判断」に問題意識があったから。


Q. 試行錯誤や逡巡があるなかで記事を作られていると思いますが、報道量と読者の価値観のギャップをどう受け止め、今後の方針に反映させていますか?
A. 紙面は作りっぱなしではなく、毎日振り返りをしている。部内でも批評し合うが、記事審査を専門とする部署もあり、他社との比較も含めて記事を分析している。読者から寄せられた意見も担当部署に伝えられる。


文:久松 万里子(理学研究科 博士前期課程1年)、「科学技術コミュニケーション入門B」担当教員


・2人目の開催レポート
この日は読売新聞 科学医療部の中島達雄さんよりお話しを伺いました。中島さんは慶応義塾大学理工学部を卒業後、読売新聞社に入社されました。最初は浦和支局に配属され、事件・事故、高校野球などの取材からスタートしたそうです。その後、東京、アメリカと転々とし、現在は、大阪本社 科学医療部でお仕事をされています。

そんな中島さんですが、そもそも新聞社に就職することになったのはなぜなのでしょうか。まずは、高校時代のエピソードから紹介していただきました。小説を書いてみたり、朝日新聞に投書して採用されたりした経験が、いまから思えば記者という仕事にもつながっているのかもしれないとお話しされていました。さらに、当時、日本航空のジャンボジェット墜落事故やチェルノブイリ原発事故が起こり、その報道に触れたことも、中島さんに影響を与えたそうです。科学技術が脆いものだと実感したと同時に、その事故調査にも興味をもったのだそうです。大学時代に音楽評論サークルの仲間に「マスコミに向いているんじゃないか?」と言われたことが1つのきっかけで、新聞社を志望することになったそうです。

中島さんには、新聞記事の作られ方についてもご紹介いただきました。編集会議は朝と夕方にあり、どの記事をトップにするかなどが各部のデスクによって話し合われるそうです。紙面は限られているので、スペースを“奪い合い”ながら、どの記事をどこでどのサイズで扱うのかが決まっていきます。わかりやすい見出しや写真があると紙面上で大きく取り上げられることが多いとか。また、配達される地域によっては締め切りが変わるので、夜中に事件が起こってしまうと、その話題を掲載できない版もあるそうです。

自殺者を出してしまったSTAP細胞問題や、森口尚史氏による虚偽の発表を受けた誤報などを受け、読売新聞では科学技術に関する話題を取り上げる際には、該当の研究チームではない専門家からのコメントを取るなど、再発防止の努力をしているそうです。その具体例として、うがい薬が口腔内の新型コロナウイルスの陽性率を低下させるという発言をした吉村知事を取り上げた記事(2020年8月5日)が紹介されました。知事の発言の根拠となっていた松山氏の医師資格の有無や博士論文について調べたり、うがい薬の有効性について情報を得るために論文を検索したりという取材を行い、その結果、記事中では発言の信憑性を問う慎重論を合わせて掲載することになったそうです。

話題提供の終盤には、「科学は、必ずしも「正解」があるものではなく、むしろ正解がないことの方が多い。時には、最新の研究結果によって、今まで書いてきた記事が間違いとなってしまうこともある。」というようなお話をしていただきました。例えば、これまでマスクは感染者がつけることでのみ効果があるとされてきましたが、最新の研究では健常者が着用しても予防効果を発揮するということが示唆されるようになりました(2020年12月現在)。他にも、記事を執筆する時には、言葉を慎重に選んでいる、というお話もありました。どんな言葉も人によって微妙に異なるニュアンスで受け止められます。学術用語の中には専門家によって定義に差があり、複数の専門家に確認を取らなければならない場合もあるそうです。

話題提供の後には学生からの質問にお答えいただきました。ここでは2つの質問とその回答を取り上げたいと思います。「新聞が世の中に与える影響力は今後どうなっていくか」という質問に対しては、「若い層の購読者が少なくなっており、若い層への影響力はたしかに下がっている。」というお答えでした。また、「科学は日々進歩し、その時点では不確実な部分もある。それをどこまで伝えるべきなのか」という質問には、「最新のニュースをいち早く報道しなければならない一方で、一度報じた間違いを撤回することは難しい。そのため、いかに正しく報道するかは、マスメディアが共通でもつ難しい悩みです。」とのお答えでした。

博士課程では工学系の専攻に在籍しつつ、人文社会系の研究テーマ(記事のニュース価値について)に取り組むなど、まさに社会と科学技術とのはざまで活動され続けている中島さんのお話しはとても興味深く、90分という授業時間はあっという間に過ぎていきました。


文:片山 綾人(理学研究科 博士前期課程1年)、「科学技術コミュニケーション入門B」担当教員


【案内文】
2020年12月15日(火)から、セミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2020年度冬)」がスタートします。



今シーズン最初のゲストは、読売新聞の中島達雄さんです。
中島さんは、理工学部を卒業された後、読売新聞社に入社し、東京の科学部や大阪の科学医療部で記者として取材や記事の執筆をされてきました。その傍らで、大学院に入学して、原子力事故報道の特徴について研究し、学位も取得されています。
今回は、科学医療部で日々どのようなお仕事をされているのか、大学院で学んだことをどう活かしているのかなどをお伺いしたいと思います。

■第68回STiPS Handai研究会
○題目:つなぐ人たちの働き方(2020年度冬)#1
○ゲスト:中島 達雄 氏(読売新聞大阪本社 科学医療部 次長)
○日時:2020年12月15日(火)15:10〜16:40
○場所:オンライン会議システム
    *事前申込をされた方には、メールで参加方法をお伝えします。
○対象:主に、大阪大学の学生・教職員 
 *全学部生・全研究科大学院学生を対象とした授業の一環として実施します。
 *この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎しますが、事前申込をお願いします。
○定員:30人程度(先着順)
○参加費:無料

○申込方法:以下の方法で、事前のお申し込みをお願いします。
1)ウェブフォーム
申し込みフォーム(https://forms.gle/h9MheAEXMVLSNaUJ7)から、必要事項を記入の上送信をお願いします。
2)メール
以下の項目を明記の上、メールでstips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jpまでお送りください([at]は@にしてください)。
・氏名(ふりがな)
・所属
・参加を希望する回の日付

申し込みいただいた方には、オンライン会議システムへの参加方法をメールにてお送りします。

ゲストプロフィール
大阪府箕面市出身。1992年慶応義塾大学理工学部卒。読売新聞社入社後、浦和支局(現さいたま支局)を経て1998年から東京本社科学部。原子力や宇宙開発、生命科学、科学技術行政などを取材。2005年東京大学大学院工学系研究科に社会人入学、原子力事故報道の研究で2010年博士(工学)取得。2012年7月から3年2か月間、米ワシントン支局特派員。2019年12月から大阪本社科学医療部次長。

プログラム
1)はじめに(10分程度)
2)ゲストによる話題提供「科学技術と社会のはざまで」(30分程度)
3)質疑応答&ディスカッション(50分程度)

○その他:
・大阪大学COデザインセンターが開講する2020年度冬学期授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催します。
・この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎します。

○申込先・問い合わせ先:公共圏における科学技術・教育研究拠点(STiPS)
 stips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jp([at]は@にしてください)

○主催:公共圏における科学技術・教育研究拠点(STiPS)
○共催:大阪大学COデザインセンター、大阪大学 社会技術共創研究センター


本シリーズについて
科学や技術に関係する仕事がしたいけれど、研究者になりたいわけではない…
大学で学んだ専門を活かせる仕事に就きたい…

こんなモヤモヤした将来への悩みを抱えている方にお届けするセミナーシリーズです。

マスメディアや研究機関、行政機関といった、多彩な現場で活躍されているゲストから、
・異なる領域の間で働くということ
・自分の専門を現場で活かすということ
・専門が活きる仕事を創り出すということ
などについてお話を伺いながら、参加者も交えて議論します。

「つなぐ人たちの働き方(2020年度冬)」は以下のようなスケジュールで実施します。

#1 12月15日(火)読売新聞 科学医療部・中島達雄さん
#2 12月22日(火)大阪大学経営企画オフィス URA・川人よし恵さん
#3 1月5日(火)京都大学iPS細胞研究所 医療応用推進室・荒川裕司さん
#4 1月12日(火)自然エネルギー財団 上級研究員・相川高信さん
#5 1月19日(火)てつがくやさん/カフェフィロ副代表・松川えりさん


フライヤー(PDF:521KB)