つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)#4 京都大学iPS細胞研究所 国際広報室・和田濵裕之さん

2020年7月14日(火)、科学技術と社会のあいだで活躍する実践者から学ぶセミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)」第4回が実施されました(授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催)。Zoomウェビナーを活用し、オンライン形式で開催したこの回には、大阪大学の学生を中心に38人が参加しました。




今回のゲストは、京都大学iPS細胞研究所 国際広報室の和田濵裕之さんでした。「iPS細胞研究を伝える仕事をしている人の今」というタイトルで話題提供をお願いしました。

まずは、小学生から今に至るまでの流れを、当時の思いとともに紹介していただきました。高校生のときにはクローン羊・ドリーの誕生についてのニュースを見て「研究者の思いがちゃんと伝わっていないのではないか」という違和感を持っていたそうです。学部生の頃に社会問題になっていた遺伝子組換え作物にまつわる報道をみても、同じような違和感を覚えることがあったとのこと。そんな和田濵さんは、修士課程、そして、博士課程に進学し、分子細胞生物学分野の研究に取り組みました。ただ、キャリアを考える際には「研究には関わっていたいけれど、研究者にはなりたくない」という思いが常にあったそうです。そこで、博士課程在学中は、研究以外のことの経験を積む(科学コミュニケーションに関する情報を得たり、サイエンスカフェを実践してみたり)期間でもあったそうです。また、博士課程修了後は、大阪大学のCLICというプログラムの一環として、理化学研究所の広報室でインターンシップを経験されたそうです。これらの経験が、「つなぐ人」としてのキャリアにつながっているとのことでした。

和田濱さんが2012年から所属する京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は、2010年に設立され、今年で10周年を迎えます。30程度の研究グループからなり、約500名のスタッフを擁する大規模な研究所です。そんなCiRAの活動を支える国際広報室の仕事は、大きく「イベント企画」「原稿執筆/確認」「メディア対応」の3つがあるとのことです。「イベント企画」の例としては、シンポジウムやサイエンスカフェの企画・実施があげられます。実は、10周年を記念する企画展の開催も予定されていたそうで(京都大学総合博物館2020年度特別展|京都大学iPS細胞研究所(CiRA)設立10周年記念展示「iPS細胞、軌跡と未来 こだわりの研究所を大解剖」)、こういった企画をするのも国際広報室のお仕事だそうです。「原稿執筆/確認」には、書籍・刊行物の編集はもちろん、TwitterやFacebookなどSNSの更新も含まれるようです。

さらに、「メディア対応」の具体的な中身について詳しく教えていただきました。和田濱さんが示してくださった写真に写っていたのは、マイクを持って話している山中伸弥所長とそれを囲む何人もの取材陣、そしてカメラに映らないよう壁際にひっそりとたたずむ和田濱さんの姿でした。和田濱さんは、取材当日に陪席するだけでなく、事前の資料作成なども担当されています。また、山中所長が退出された後、記者のみなさんに補足の解説をすることもあるそうです。山中所長は多忙のため取材対応に15分~30分程度の時間しか確保することができないことも多いので、記者から「さっきの話はどういう意味ですか?」などと確認されることもよくあるとのことでした。

また、CiRA国際広報室の役割には、「研究者とメディアをつなぐ」「研究者と患者さんをつなぐ」「研究者と一般の方々をつなぐ」の3つの側面があると紹介していただきました。この中で最も重要な役割は、「研究者と患者さんをつなぐ」こと。研究成果を大げさに世間へアピールしてしまうと、当事者である患者さんに過度な期待を抱かせてしまうことにつながります。患者さんにどう伝わるかということを最優先に考えて、研究成果の公表に努めているとのことでした。一方で、納税者への説明責任の観点から「研究者と一般の方々をつなぐ」ことも重要で、そのためには「研究者とメディアをつなぐ」ことも重要な任務とのことでした。

後半は、山中伸弥先生による新型コロナウイルス情報発信にまつわるお話でした。普段、CiRA国際広報室の1員として、山中伸弥先生やCiRAの情報発信に関わる立場にいる和田濱さんの視点から見た現状や課題について教えていただきました。当初は山中伸弥先生が個人で立ち上げられたウェブサイト「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信」に研究所の広報担当者としては関与しないというスタンスをとっていたのですが、いろいろなメディアでも取り上げられるようになったこともあって、個人の立場で、徐々にこの情報発信のサポートをするようになりました。

和田濱さんは、このウェブサイト「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信」で評価されていることとして、「証拠(エビデンス)の強さによる情報分類」を挙げていらっしゃいました。新型コロナウイルスに関する情報が、「証拠があり、正しい可能性が高い情報」「正しい可能性があるが、さらなる証拠が必要な情報」「正しいかもしれないが、さらなる証拠が必要な情報」「証拠の乏しい情報」の4区分に分けて紹介されています(ここのページ)。論文として発表されたものであったとしても、絶対に正しいというものではなく、あとで撤回されるものもあります。SNSや各種メディアで情報が錯綜している現在、このようにカテゴリーに分けて情報発信されることは非常に参考になります。

和田濱さんは、山中伸弥先生が「証拠(エビデンス)の強さによる情報分類」という発想に至ったのは、NHKスペシャル『人体』に出演した経験が生きているのではないかと分析していました。番組の中では、最先端の科学成果が紹介されているのですが、その制作過程では、「おもしろいけれどまだ十分に検証されていないよね」ということなどを番組スタッフと議論してきたそうです。この番組に山中伸弥先生が関わったことによって、最先端の研究成果を伝えながらも、それが全てではなく、今後様々な研究によって、より支持されたり否定されたりする可能性があるという、科学の過程を含めて表現すべきものであるという気付きが得られたのかもしれない。そして、現在の新型コロナウイルス情報発信における「エビデンスの強さにもとづく情報分類」につながっているのかもしれない、とコメントされていました。

和田濱さんは、最後に、広報に関わる立場にいる「つなぐ人」として、普段意識していることは、研究成果を一方的に発信するだけではなく、「研究者側にも何らかのリターンをもたらす」こと、とお話してくださいました。ここでのリターンとは、先ほどの山中伸弥先生の情報発信のように、研究者が社会へ情報発信をする過程で得られる気付きとのことで、そのような気付きが研究者の新たな研究のヒントにつながればうれしいとのことでした。

文:渡邉 瑛介(理学研究科 博士後期課程1年)、「科学技術コミュニケーション入門B」担当教員


【案内文】



2020年7月14日(火)、セミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)」の第4回を開催します。

今シーズンは、特に、新型コロナウイルスに向き合わざるを得ない状況で、「つなぐ人たち」がそれぞれの立場でどのような活動をされているのか、また、この先の社会のなかで「つなぐ人」が果たすべき役割について話し合ってみたいと思います。

第4回のゲストは、京都大学iPS細胞研究所の和田濵裕之さんです。
サイエンスコミュニケーターとして働く和田濵さんは、プレスリリースや刊行物の作成、メディア対応、一般向けイベントや国際シンポジウムの企画、そしてSNSを使った発信、所内交流に至るまでさまざまな業務に関わっています。最近では新型コロナウイルスに関する情報発信やお問い合わせへの対応もしています。
普段は、iPS細胞研究と社会をつなぐというお仕事をされている和田濵さんと一緒にいま社会に発信されるべき情報とは何だろう?それはどのように作られるのだろう?ということを考えてみたいと思います。


■第66回STiPS Handai研究会
○題目:つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)#4
○ゲスト:和田濵 裕之 氏(京都大学iPS細胞研究所(CiRA)国際広報室 特定研究員)
○日時:2020年7月14日(火)15:10〜16:40
○場所:オンライン会議システム
    *事前申込をされた方には、メールで参加方法をお伝えします。
○対象:主に、大阪大学の学生・教職員 
 *全学部生・全研究科大学院学生を対象とした授業の一環として実施します。
 *この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎しますが、事前申込をお願いします。
○参加費:無料

○申込方法:以下の方法で、事前のお申し込みをお願いします。
1)ウェブフォーム
申し込みフォーム(https://forms.gle/cXQoUbBN4LP64YWo8)から、必要事項を記入の上送信をお願いします。
2)メール
以下の項目を明記の上、メールでstips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jpまでお送りください([at]は@にしてください)。
・氏名(ふりがな)
・所属
・参加を希望する回の日付

申し込みいただいた方には、オンライン会議システムへの参加方法をメールにてお送りします。

○その他:
・大阪大学COデザインセンターが開講する2020年度夏学期授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催します。
・この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎します。

○申込先・問い合わせ先:stips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jp([at]は@にしてください)
○主催:公共圏における科学技術・教育研究拠点(STiPS)
○共催:大阪大学COデザインセンター、大阪大学 社会技術共創研究センター


プログラム
1)はじめに(10分程度)
2)ゲストによる話題提供「iPS細胞研究を伝える仕事をしている人の今」(30分程度)
3)質疑応答&ディスカッション(50分程度)

ゲストプロフィール
京都大学大学院農学研究科にてダイズタンパク質に関して研究し、博士号を取得。研究を進める過程で、遺伝子組換ダイズに対する一般の方々と研究者との間に大きな認識の乖離があることを痛感し、科学コミュニケーションの分野へ。理化学研究所 発生再生科学総合研究センター(当時)にて科学コミュニケーションに関する実務経験を積んだ後、2012年より現職。現在はiPS細胞技術を中心に、一般の方々と研究者との間を繋ぐ活動を行っている。


本シリーズについて
科学や技術に関係する仕事がしたいけれど、研究者になりたいわけではない…
大学で学んだ専門を活かせる仕事に就きたい…

こんなモヤモヤした将来への悩みを抱えている方にお届けするセミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方」を開催します。

マスメディアや研究機関、行政機関といった、多彩な現場で活躍されているゲストから、
・異なる領域の間で働くということ
・自分の専門を現場で活かすということ
・専門が活きる仕事を創り出すということ
などについてお話を伺いながら、参加者全員で議論します。

「つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)」は以下のようなスケジュールで実施します。

#1 6月23日(火)日本科学未来館/科学ライター・詫摩雅子さん
#2 6月30日(火)兵庫県立人と自然の博物館・三橋弘宗さん
#3 7月7日(火)朝日新聞 科学医療部 記者・合田禄さん
#4 7月14日(火)京都大学iPS細胞研究所 国際広報室・和田濵裕之さん
#5 7月21日(火)科学コミュニケーター(フリーランス)・本田隆行さん

FlyerrA4_STiPSHandai_2020summer(PDF:438KB)