つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)#3 朝日新聞 科学医療部 記者・合田禄さん

科学技術と社会のあいだで活躍する実践者から学ぶセミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)」第3回は、2020年7月7日(火)にZoomウェビナーを活用して、オンライン形式で開催されました(授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催)。大阪大学の学生を中心に34人が参加しました。



この日のゲストは朝日新聞科学医療部の記者 合田禄さんでした。合田さんの自己紹介からお話がスタートしました。合田さんは名古屋大学農学部を卒業後、京都大学大学院農学研究科に進学し、ニホンジカと植物の関わりについて研究する2年間を過ごしました。その後、2008年から朝日新聞社でお仕事をされています。新聞記者になった理由についても教えていただきました。博士課程に進学をしても研究職としてアカデミアに残るのが難しい時代だったということも理由の1つだそうですが、1つのことを究めるよりは広く浅くいろいろなテーマに関わる方が自分に向いていると考えた、ということもあるそうです。

入社前に想像していた仕事と入社後に実際にしている仕事はだいぶ違ったところもあるそうです。入社前には、研究現場のことを広く知ってもらいたい、科学や研究者の面白さを伝えたいという思いが強かった合田さんですが、今、実際に記者として取り組む中で優先度が高いのは、「メディアとして果たさねばならない役割を果たす」こと。いまでは、この「役割を果たす」ことに面白さややりがいを見出しているそうです。

このあとは今日の本題、今回の新型コロナウィルスに関する取材について紹介していただきました。科学医療部に属していて、これまでは基礎研究から医療応用まで、広く先端医療に関する取材をすることが多かった合田さんですが、4月に入ってから新型コロナウイルスに関する取材班の1人としてお仕事をされています。新型コロナウイルスを取材するといっても取材先は多様です。主に、行政機関(官邸、省庁、都道府県、市町村・保健所など)、市民(患者、事業者など)、科学者コミュニティ(専門家会議、諮問委員会、学会、研究者など)、病院(日本医師会、感染症指定病院、市中の病院、医師・専門医など)が挙げられます。それぞれの取材先を、新聞社の政治部、科学医療部、経済部、国際報道部、社会部、地域報道部、文化くらし報道部といったそれぞれの部に所属する記者がお互いに連絡を取り合いながら担当しているそうです。科学医療部だから科学者だけを取材するというわけではなく、患者さんにお話を聞くこともあれば、官邸に取材に行くこともあるというお話でした。

実際に掲載された新聞記事を示しつつ、科学記者が具体的にどのような内容を扱っているのか紹介していただきました。例えば、新型コロナウイルス・病気がどのようなものかということについて、発表された学術論文を読んだりもしながら、最新の研究動向を追いかけています(関連記事「(新型コロナ)症状、肺炎だけではない? 『脳からつま先まで』、全身に」 2020年6月5日)。また、科学者たちはどう考え、政府はどう判断したのか、という観点からも政治部と科学医療部で協力しながら取材をしているそうです(関連記事「(時時刻刻)感染急増、一転緊急事態宣言へ 経済懸念、当初は慎重論 新型コロナ」 2020年4月7日)。

他にも、日々の感染状況(関連記事「(時時刻刻)感染ペース加速、地方でも 新型コロナ」 2020年4月19日)や、治療薬やワクチンの開発の見通しについても記事を書いています(関連記事「(時時刻刻)アビガン、前のめりの政権 月内承認を断念 「今月中の承認めざす」示した首相」 2020年6月27日「コロナワクチン、前のめり 月内にも国内治験、並行して量産準備 培養タンク争奪戦」 2020年6月27日)。単に開発の見通しを発表されているまま報道するのではなくて、想定されている承認プロセスやスケジュールには本当に問題はないのだろうか、というところを指摘しつつ報じるような記事になっていました。4月当時に何が起きていたのかを後から検証するような記事の執筆(関連記事「(コロナの時代 薄氷の防疫:下)滞ったPCR検査、偏った負荷 4月保健所逼迫、民間の活用不十分」 2020年6月23日)もされているそうです。

最後に、専門家会議とメディアの関係について説明をしながら、「つなぐ人」の重要性についてお話しいただきました。今回の新型コロナウィルスに関しては、専門家会議と政府との関係や、専門家会議が独自に情報を積極的に発信するようになったことなど、特殊な状況になっていたそうです。専門家会議の最後の提言書の中にも、「広報・リスク/クライシスコミュニケーションの体制が不十分であったことなど・・・」というような課題が記されていたことなども紹介しながら、官邸側にも、専門家会議側にも、科学者コミュニティ側にも「つなぐ人」が求められているのかもしれない、という考えを聞かせていただきました。例えば、専門家会議が伝えたいこと、をそのまま報じるのがメディアではありません。専門家会議が伝えたいこと、と、市民が知りたいこと・メディアが欲しいと思っている情報との間を「つなぐ」、そして、バランスを見極める役割が必要であると感じているそうです。

質疑応答の時間には、参加者からたくさんの質問やコメントが寄せられました。例えば、メディア(特に、新聞というメディア)がどういう立ち位置から発信をしているのか、どのように取材対象の専門家を選んでいるのか、という質問や、他のトピック(原発やHPVワクチンなど)にひきつけて今回の課題を捉えるコメントもありました。合田さんにはその1つ1つに真剣に回答をしていただきました。

文:楊玉春(医学系研究科 博士前期課程1年)、「科学技術コミュニケーション入門B」担当教員


以下、当日、セミナー開催中に参加者から寄せられた質問と合田さんから後日回答していただいたものの一部を掲載します。

Q1. 新聞が(一部の)読者のニーズに答える方向でトピックを伝えようとすると、何かを煽ることにつながりかねないのでは? 今回のような科学にまつわる社会的な課題に関しては、ある程度、ニーズベースではなく、ファクトベースで書く必要もあるのではないでしょうか。

A1. ニュースは、「関心」と「影響」だと考えています。そして、この「関心」と「影響」のバランスが大切だと考えています。自分たちが伝えたいこと、伝えるべきことだけではなく、読者の知りたいことを考える必要もあると考えています。


Q2. 科学的にまだ分かっていないことが多い時にどういう情報を発信するのか、というのは今の新型コロナウイルスに関しても当てはまると思います。時間を追うごとに状況が変わるということも、なかなか受け取り手はわからないこともあるように思います。こうした状況でどのように伝えるのかはとてもむずかしいですね。

A2. 難しいですよね。「まだ分からない点」、「これまで分からなかったけど、新たに分かった点」、「それでも分からない点」を丁寧に伝えていく必要があると感じています。


【案内文】



2020年7月7日(火)、セミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)」の第3回を開催します。

今シーズンは、特に、新型コロナウイルスに向き合わざるを得ない状況で、「つなぐ人たち」がそれぞれの立場でどのような活動をされているのか、また、この先の社会のなかで「つなぐ人」が果たすべき役割について話し合ってみたいと思います。

第3回のゲストは、朝日新聞の合田禄さんです。
合田さんは、基礎研究から、応用や臨床研究まで、健康や医療に関わる話題について幅広い記事を執筆されています。4月からは新型コロナウイルスに関する取材をする日々。
今回は、刻々と移りゆく状況をどのように捉え、どのようなことに気をつけながら発信されているのか、マスメディアが果たすべき役割とは何か、など、お伺いしたいと思います。


■第65回STiPS Handai研究会
○題目:つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)#3
○ゲスト:合田 禄 氏(朝日新聞東京本社 科学医療部 記者)
○日時:2020年7月7日(火)15:10〜16:40
○場所:オンライン会議システム
    *事前申込をされた方には、メールで参加方法をお伝えします。
○対象:主に、大阪大学の学生・教職員 
 *全学部生・全研究科大学院学生を対象とした授業の一環として実施します。
 *この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎しますが、事前申込をお願いします。
○参加費:無料

○申込方法:以下の方法で、事前のお申し込みをお願いします。
1)ウェブフォーム
申し込みフォーム(https://forms.gle/cXQoUbBN4LP64YWo8)から、必要事項を記入の上送信をお願いします。
2)メール
以下の項目を明記の上、メールでstips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jpまでお送りください([at]は@にしてください)。
・氏名(ふりがな)
・所属
・参加を希望する回の日付

申し込みいただいた方には、オンライン会議システムへの参加方法をメールにてお送りします。

○その他:
・大阪大学COデザインセンターが開講する2020年度夏学期授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催します。
・この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎します。

○申込先・問い合わせ先:stips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jp([at]は@にしてください)

○主催:公共圏における科学技術・教育研究拠点(STiPS)
○共催:大阪大学COデザインセンター、大阪大学 社会技術共創研究センター


プログラム
1)はじめに(10分程度)
2)ゲストによる話題提供「新型コロナウイルスの報道とメディアの役割」(30分程度)
3)質疑応答&ディスカッション(50分程度)

ゲストプロフィール
京都大学大学院農学研究科(専攻は森林科学)を修了。朝日新聞では、5年間の地方勤務の後、東京本社と大阪本社の科学医療部で、再生医療、医療事故、研究不正などを担当。今春まで文部科学省と内閣府の科学技術関連を担当し、4月からは新型コロナの医療・科学に関する記事を執筆している。

本シリーズについて
科学や技術に関係する仕事がしたいけれど、研究者になりたいわけではない…
大学で学んだ専門を活かせる仕事に就きたい…

こんなモヤモヤした将来への悩みを抱えている方にお届けするセミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方」を開催します。

マスメディアや研究機関、行政機関といった、多彩な現場で活躍されているゲストから、
・異なる領域の間で働くということ
・自分の専門を現場で活かすということ
・専門が活きる仕事を創り出すということ
などについてお話を伺いながら、参加者全員で議論します。

「つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)」は以下のようなスケジュールで実施します。

#1 6月23日(火)日本科学未来館/科学ライター・詫摩雅子さん
#2 6月30日(火)兵庫県立人と自然の博物館・三橋弘宗さん
#3 7月7日(火)朝日新聞 科学医療部 記者・合田禄さん
#4 7月14日(火)京都大学iPS細胞研究所 国際広報室・和田濵裕之さん
#5 7月21日(火)科学コミュニケーター(フリーランス)・本田隆行さん

FlyerrA4_STiPSHandai_2020summer(PDF:438KB)