つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)#2 兵庫県立人と自然の博物館・三橋弘宗さん

科学技術と社会のあいだで活躍する実践者から学ぶセミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)」第2回は、2020年6月30日(火)にZoomウェビナーを活用して、オンライン形式で開催されました(授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催)。大阪大学の学生を中心に34人が参加しました。



今回、「自然史博物館が創りだす新しいコミュニケーションの形」というタイトルでお話をしてくださったのは兵庫県立人と自然の博物館(通称ひとはく)の三橋弘宗さんです。大学院生の時には生態学の研究をされていたそうです。特に、河川生態系のしくみを、食物網を中心に探るというテーマを扱われていました。いまは、ひとはくの学芸員としてお仕事をされています。

学芸員の仕事といえば、剥製作りや昔の標本の管理、自然観察会の実施などが想像されるかもしれませんが、他にも、レッドデータブックの作成、鳥獣対策の計画づくり、河川整備計画の方針策定など、活動の範囲はかなり広いようです。「標本を集めること、博物館自体が不必要なんじゃないか」と言われることもある中で、標本の重要性やその社会的な意義をしっかり実証したいという想いでお仕事をされているとのことでした。

標本の価値が高まるように、データベースにしたり、標本を手にとって見られるようにしたり、自然再生の実践を行ったりと、標本を「コミュニケーションツール」に育てるための試みをされてきました。自然史研究が多方面で活かされる社会になること、博物館を介して市民が環境保全や展示・教育にコミットできるような環境を作ることなどが、三橋さん自身の目標だと語られました。

ここからは、具体的な事例についてご紹介いただきました。まずは、プラスティネーションや樹脂加工などの技術を用いた展示物の作成について。普段触れないようなもの、そのままでは展示できないものでも、技術があれば、手に取れるようにする、展示できるようにすることができます。その技術を活かして、ユニークな展示(「Where Culture Meets Nature ~日本文化を育んだ自然~」)も実現できたという事例が紹介されました。リアルに魅せることができれば共感を呼べます。それが、多様な主体との協働につながることもあるそうです。誰でも扱えるように技術のダウンサイジングを行い、技術を使うことのできる人を増やすということも心がけているとのことでした。

水辺の小さな自然再生という活動についてもご紹介いただきながら、行政や市民・企業の間にあって、自然との多様な関わりをうみだすという「博物館」の役割について、三橋さんの考えを聞かせていただきました。

三橋さんのお話の後半のトピックは、「ヒアリ」です。2017年5月に兵庫県(神戸港と尼崎市)で初めてヒアリの侵入が確認されました。ひとはくがシンクタンク機関として認知されていたこと、外来種対策関連で兵庫県といろいろなお仕事をされてきたこと、ちょうど日本生態学会の近畿地区会の会長だったこと、などが重なり、三橋さんがヒアリの対応の中心的な役割を担うことになりました。このような事態になった時、役所だけでの危機管理を乗り切るのはなかなか難しいので、市民も含めた小さく柔軟で重層的なネットワークが不可欠であるということの示したい、ということを考えながら、対応されていたそうです。

当時、三橋さんが重視したことは、次のようなことだそうです。1)標本と学術研究の重要性をきちんと発信をして、証拠(エビデンス)ベースと推論を区別すること、2)専門家が表に出過ぎない形で、省庁などの動きをコントロールすること、3)学会内で見解をまとめること、4)適材適所で各地域の研究者が活躍できるようすること、そして、5)正しく恐れるために、社会への適切なコミュニケーションを展開すること、6)具体的な解と対策を示すこと。

具体的に、どのような行動をされたのかを順に説明していただきました。まず、ひとはくにアリの分類に詳しい研究者がいたことで、初動の鑑定が素早くできました。ヒアリの写真や識別ガイド、絵解き検索表を作成し、ウェブサイトに誰でも使える形で掲載することで、メディアや各地の自治体などが活用できるようにしたそうです。また、どこでどれほどヒアリが発見されたのかをデータベースとしてまとめて発信をすること、だけでなく、ひとはくのウェブサイト内に、ヒアリの特設ページを作成し、最新の学術情報を集約(論文へリンクや、英語論文の翻訳など)し、海外の取り組みを発信していました。ひとはく史上最大のアクセス数だったそうです。ここまでがおおよそ一週間くらいの出来事だそうです。以降は、ヒアリの模型をつくって緊急展示を作成し、これらが日本中で活用されるような体制を整えたとお話されていました。

同時に、約200名が加入するメーリングリスト(研究者、企業、行政機関を含む)を作成し、ヒアリの対策を講じるためのネットワークを構築し、メディアに流れる情報を精査する。加えて、日本生態学会としての要望書をまとめるというところまで手掛けられたそうです。

行政機関へのレクチャーや企業への研修なども積極的に実施したということでした。行政官が意思決定をするための材料として、ヒアリが侵入したときに想定される損失額や人体へのリスクなど、過去の文献に基づいた具体的な数値を出すように心がけたそうです。関係省庁が間違った対策を講じることのないように、アドバイスを行うなどされていました。

お話の最後、三橋さんは「キュレーション」の大切さを強調されていました。博物館の「つなぐ」仕事をするには、基本的な広い学術知識が必要ですともおっしゃっていました。「もっとも基礎的なことが最も役に立つ」土台や原理をしっかりと知っていることが大切という三橋さんの言葉が印象的でした。

参加者からは時間いっぱいまで様々な質問が寄せられました。どの返答も興味深く、沢山の知見を得ることができました。


文:川上 結生(理学研究科 博士前期課程1年)、「科学技術コミュニケーション入門B」担当教員


【案内文】


2020年6月30日(火)、セミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)」の第2回を開催します。

今シーズンは、特に、新型コロナウイルスに向き合わざるを得ない状況で、「つなぐ人たち」がそれぞれの立場でどのような活動をされているのか、また、この先の社会のなかで「つなぐ人」が果たすべき役割について話し合ってみたいと思います。

第2回のゲストは、兵庫県立人と自然の博物館の三橋弘宗さんです。
自然史系の博物館で学芸員をしている三橋さん。仕事では、生態系の保全や再生だけでなく、地域資源を生かした展示や環境教育、政策形成にも深く関わっておられます。博物館の生物多様性情報を生かした生態系管理や、地域の人々で取り組むことができる小さな自然再生の推進、環境アセスメントの制度づくりなど、市民の視点と行政の視点を繋げることに取り組んでいます。
2017年夏に話題となったヒアリ侵入時には、専門家のネットワークを生かし、多様な知見を取りまとめた要望書を作成して危機管理の支援などに努めています。そんな立場の三橋さんから、今回の新型コロナウィルスの課題はどう見えるのか、お聞きしたいと思います。


■第64回STiPS Handai研究会
○題目:つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)#2
○ゲスト:三橋 弘宗 氏(兵庫県立人と自然の博物館 主任研究員)
○日時:2020年6月30日(火)15:10〜16:40
○場所:オンライン会議システム
    *事前申込をされた方には、メールで参加方法をお伝えします。
○対象:主に、大阪大学の学生・教職員 
 *全学部生・全研究科大学院学生を対象とした授業の一環として実施します。
 *この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎しますが、事前申込をお願いします。
○参加費:無料

○申込方法:以下の方法で、事前のお申し込みをお願いします。
1)ウェブフォーム
申し込みフォーム(https://forms.gle/cXQoUbBN4LP64YWo8)から、必要事項を記入の上送信をお願いします。
2)メール
以下の項目を明記の上、メールでstips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jpまでお送りください([at]は@にしてください)。
・氏名(ふりがな)
・所属
・参加を希望する回の日付

申し込みいただいた方には、オンライン会議システムへの参加方法をメールにてお送りします。

○その他:
・大阪大学COデザインセンターが開講する2020年度夏学期授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催します。
・この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎します。

○申込先・問い合わせ先:stips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jp([at]は@にしてください)

○主催:公共圏における科学技術・教育研究拠点(STiPS)
○共催:大阪大学COデザインセンター、大阪大学 社会技術共創研究センター



プログラム
1)はじめに(10分程度)
2)ゲストによる話題提供「自然史博物館が創りだす新しいコミュニケーションのかたち」(30分程度)
3)質疑応答&ディスカッション(50分程度)

ゲストプロフィール
兵庫県立人と自然の博物館研究員を経て、2004年より現職。また、2013年より兵庫県環境影響評価審査会委員、ひょうごの川自然環境調査アドバイザー、環境省次期生物多様性国家戦略研究会委員等を務める。専門は河川生態学、保全生態学などで、県内の多くの河川で多自然川づくりのアドバイスなどを行なっている。理学修士。


本シリーズについて
科学や技術に関係する仕事がしたいけれど、研究者になりたいわけではない…
大学で学んだ専門を活かせる仕事に就きたい…

こんなモヤモヤした将来への悩みを抱えている方にお届けするセミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方」を開催します。

マスメディアや研究機関、行政機関といった、多彩な現場で活躍されているゲストから、
・異なる領域の間で働くということ
・自分の専門を現場で活かすということ
・専門が活きる仕事を創り出すということ
などについてお話を伺いながら、参加者全員で議論します。

「つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)」は以下のようなスケジュールで実施します。

#1 6月23日(火)日本科学未来館/科学ライター・詫摩雅子さん
#2 6月30日(火)兵庫県立人と自然の博物館・三橋弘宗さん
#3 7月7日(火)朝日新聞 科学医療部 記者・合田禄さん
#4 7月14日(火)京都大学iPS細胞研究所 国際広報室・和田濵裕之さん
#5 7月21日(火)科学コミュニケーター(フリーランス)・本田隆行さん

FlyerrA4_STiPSHandai_2020summer(PDF:438KB)