つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)#5 科学コミュニケーター(フリーランス)・本田隆行さん

科学技術と社会のあいだで活躍する実践者から学ぶセミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)」の今シーズン最終回は、2020年7月21日(火)に実施されました(授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催)。オンライン形式(Zoomウェビナーを活用)で開催され、大阪大学の学生を中心に32人が参加しました。



今回のゲストは、科学コミュニケーターの本田隆行さんでした。一口に科学コミュニケーターと言ってもいろいろな立場がありますが、本田さんはどこの組織にも所属していないフリーランスであるという点で、他の方とは一線を画しています。本田さんのバックグラウンドについて、また、なぜフリーランスの科学コミュニケーターになろうと思ったのか、どのような姿勢で科学コミュニケーションにのぞんでいるのか、などお話していただきました。

本田さんはもともと神戸大学で惑星科学を学ばれていました。学部生の頃には研究活動とは別に、地元のまちづくり活動にも積極的に関わっていたそうです。研究者を目指していたこともあり、大学院に進学。この時に小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトに参加するなど、第一線の研究の場を経験できたそうです。ただ、この経験を通じて「1つの研究課題を深く掘り下げるタイプではないかもしれない。幅広い分野の学問を学んだり、その魅力を発信したりすることの方が向いているかもしれない」と気づいたのだそうです。研究者とは別の道に進みたいと考えるようになり、地元 枚方市の市役所に就職されました。多様な現場でお仕事をされたわけですが、ちょうど30歳を目前に「魔が差して」、ふと目に止まった日本科学未来館(未来館)の「科学コミュニケーター」に応募し、2012年春に公務員から未来館に転職することになりました。

未来館では館内での実演や展示解説を通じた来館者との対話だけでなく、イベントの司会をしたりメディアに登場したりと、科学コミュニケーションに関わる様々な経験をすることができたそうです。しかし未来館での科学コミュニケーターの任期は最長5年(未来館は、科学コミュニケーターを育成し輩出することがミッションの一つであるとのこと)。3年目をすぎる頃には、次の転職先を見据えて、自身が本当にやりたかったことは何かということに向き合うように。「自分はそもそも科学コミュニケーターになりたかった。これからの社会に必要になる、と信じて飛び込んだ世界。ただ、未来館という場から離れたら、そのニーズはあるのだろうか?」 本田さんが知るかぎり、先例もありません。それならば自分が最初に挑戦してみよう、プロのコミュニケーターとしてどこまで通用するか試してみようと決心し、3年3ヵ月で未来館を退職されました。

あえて、フリーランスとして、そして、「本当に社会に必要なことであれば、東京でなくても成り立つはずだ」という考えのもと、あえて地元である大阪に戻るという決断をされました。とはいえ、未来館を退職されてから半年ほどは仕事がなかったそうです。元同僚からの紹介で、西日本のとある科学館の展示改修プランニングを依頼され、その実績を糸口として次の仕事の依頼がくるようになりました。こうして、本田さんはフリーランスの科学コミュニケーターとしてのキャリアを歩み始めました。

本田さんは、コミュニケーションというものは「間」をつなぐことであると何度もおっしゃっていました。科学館と来場者の間、監修者と表現者の間、文章と読み手の間、番組と視聴者の間……このような、さまざまな立場に介在する「間」を接続することが、科学コミュニケーターの役割であるとのこと。

そして、科学コミュニケーターとしてのあり様に「専門家としてつなぐ」「専門外からつなぐ」という二通りがあると考えているそうです。大学や研究所、科学館などの専門組織にも、広く社会に向けて科学コミュニケーションを担う人はいます。これが科学コミュニケーターの「専門家としてつなぐ」姿です。しかし、そのような専門家の立ち位置だけで、社会のあらゆる分野の人と相互につながりを持つのは困難です。専門外の視点から業界を俯瞰し、第三者として組織内のコミュニケーター同士をつなぐ必要があるでしょう。これこそが「専門外からつなぐ」フリーランス科学コミュニケーターの役割ではないか、と本田さんは考えています。

このような考えによって、本田さんはこれまでに多彩な活動を行ってきました。例えば、科学館の展示制作についての企画や監修、公開された映画にちなんだ科学イベントの主催、子供向けの科学教室から、トークイベントの司会などです。他にも、雑誌に連載を持ったり、絵本の監修をされたりもしています。テレビ番組に出演して科学に関する時事ネタの解説を行ったことも。また、企業での研修を請け負うこともありそうです。「間をつなぐ」ということをテーマに、本田さんはさまざまな手法で科学コミュニケーションに挑み続けています。
 
社会のどこに「間」があるのか? 「間」の両側に立つ専門分野同士の共通点とは? 「間」を埋めるためにはどう立ち回ればよいのか? 新型コロナウイルスが流行する現在、本田さんはどこにも属していないフリーランスの科学コミュニケーターとして、試行錯誤を続けています(例えば、実際にありそうで実は存在しないニュースを紹介するウェブサイト「虚構新聞」に、エイプリルフールである4月1日に登場して解説をしてみたり、「科学コミュニケーターのための、リスクコミュニケーション勉強会」という企画に関わったり)。

「科学コミュニケーション」や「科学コミュニケーター」はまだまだ知名度が低いことも実感しつつ、本田さんは科学コミュニケーションに関わるお仕事を続けるために、自分の強みと社会のニーズとを適切に捉えて何ができるか決定したり、状況を把握したりする力が重要だと強調されていました。また、公務員時代にケースワーカーとして働いた時の経験や未来館時代の経験が今のお仕事に全て生きているという経験から、自身の“武器”を複数持っているかどうかが大切、とおっしゃっていました。

本田さんのお話を聞いて、状況判断を怠らずに適切な行動指針を持ち続けること、自身が強みとする要素を複数持っていることがとても重要だと感じました。社会の分断が叫ばれる今日、本田さんが目指したような「間」をつなぐ活動は、大きな価値があると思います。また、自身のキャリアに向き合った末の本田さんの転職は、科学コミュニケーターの仕事に限らず、普遍的な意義があると思いました。他の誰でもない自分という人間の意義を考え、いろいろな人の人生に大きな意味をうみ出すことも、このような挑戦心が無ければ成し遂げることはできません。前例が無ければ自分が先駆者になればよいと覚悟を決めたことで、幅広い活躍をされている本田さんに、大いに感銘を受けました。

文:荒木 亮太郎(理学研究科 博士前期課程2年)、「科学技術コミュニケーション入門B」担当教員


以下、当日、セミナー開催中に参加者から寄せられた質問と本田さんから後日回答していただいたものの一部を掲載します。

Q1. プロの研究者もアウトリーチ活動は重要だと思います。科学者がサイエンスコミュニケーションは行うべきだし、広報がうまい研究者ほど研究予算を得られるということもあるかもしれません。本田さんの視点から、サイエンスコミュニケーターとして振る舞う研究者はどのようにみえますか? プロのサイエンスコミュニケーターとはどのように違うのでしょうか?

A1. もちろんその道のプロフェッショナルである研究者だからこそ伝えられることがあると思いますし、研究者が直接行う情報発信は研究への理解を高めるためにとても重要だと思っています。この点は専門の外から関わるコミュニケーターには到底かないません。ただ、研究者はあくまでも研究を行うことが主な役割であり、社会側のニーズに応えようとするあまり研究のための時間や体力が削られるというのも本末転倒です。広報的な役割を担う人や外部のコミュニケーターたる役割の人と研究者とがどのように連携するかが大事なのではないでしょうか。


Q2. どこからこれほど多様なオファーが来るのでしょうか?

A2. これまでにご一緒させていただいた方にご紹介いただくなど、人のつながりがあって今に至っています。「科学コミュニケーター」という言葉自体を説明するのが難しいということに加え、「これができる」ではなく「時と場合に応じて手法を変える」という仕事のスタイルであるというということもあって、こちらから積極的に売り込むということはしていません。現状では口コミが新たなお仕事につながっています。



【案内文】


2020年7月21日(火)、セミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)」の第5回を開催します。

今シーズンは、特に、新型コロナウイルスに向き合わざるを得ない状況で、「つなぐ人たち」がそれぞれの立場でどのような活動をされているのか、また、この先の社会のなかで「つなぐ人」が果たすべき役割について話し合ってみたいと思います。

最終回のゲストは、科学コミュニケーター(フリーランス)の本田隆行さんです。
本田さんは、フリーランスの科学コミュニケーターという日本ではとても珍しい立ち位置の方です。
「科学コミュニケーター」と名乗るからこそ、日々、「科学コミュニケーションってなんだ?」「科学コミュニケーターには何ができるんだ?」ともやもやしつつ、考える今日この頃。
そんな本田さんと一緒に「つなぐ人」が果たすべき役割を考えます。


■第67回STiPS Handai研究会
○題目:つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)#5
○ゲスト:本田 隆行 氏(科学コミュニケーター(フリーランス))
○日時:2020年7月21日(火)15:10〜16:40
○場所:オンライン会議システム
    *事前申込をされた方には、メールで参加方法をお伝えします。
○対象:主に、大阪大学の学生・教職員 
 *全学部生・全研究科大学院学生を対象とした授業の一環として実施します。
 *この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎しますが、事前申込をお願いします。
○参加費:無料

○申込方法:以下の方法で、事前のお申し込みをお願いします。
1)ウェブフォーム
申し込みフォーム(https://forms.gle/cXQoUbBN4LP64YWo8)から、必要事項を記入の上送信をお願いします。
2)メール
以下の項目を明記の上、メールでstips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jpまでお送りください([at]は@にしてください)。
・氏名(ふりがな)
・所属
・参加を希望する回の日付

申し込みいただいた方には、オンライン会議システムへの参加方法をメールにてお送りします。

○その他:
・大阪大学COデザインセンターが開講する2020年度夏学期授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催します。
・この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎します。

○申込先・問い合わせ先:stips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jp([at]は@にしてください)

○主催:公共圏における科学技術・教育研究拠点(STiPS)
○共催:大阪大学COデザインセンター、大阪大学 社会技術共創研究センター


プログラム
1)はじめに(10分程度)
2)ゲストによる話題提供「『科学コミュニケーター』として働く、とは?」(30分程度)
3)質疑応答&ディスカッション(50分程度)


ゲストプロフィール
大学時代の専攻は地球惑星科学。地方公務員事務職(枚方市役所)・国立科学館勤務を経て、国内でも稀有なフリーランスの科学コミュニケーターとして活動中。展示プランニングや科学実演の実施・監修、大学講師やイベントファシリテーター、サイエンスライティングなど様々な仕事をこなす。著書に「宇宙・天文で働く」(ぺりかん社 2018)。


本シリーズについて
科学や技術に関係する仕事がしたいけれど、研究者になりたいわけではない…
大学で学んだ専門を活かせる仕事に就きたい…

こんなモヤモヤした将来への悩みを抱えている方にお届けするセミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方」を開催します。

マスメディアや研究機関、行政機関といった、多彩な現場で活躍されているゲストから、
・異なる領域の間で働くということ
・自分の専門を現場で活かすということ
・専門が活きる仕事を創り出すということ
などについてお話を伺いながら、参加者全員で議論します。

「つなぐ人たちの働き方(2020年度夏)」は以下のようなスケジュールで実施します。

#1 6月23日(火)日本科学未来館/科学ライター・詫摩雅子さん
#2 6月30日(火)兵庫県立人と自然の博物館・三橋弘宗さん
#3 7月7日(火)朝日新聞 科学医療 記者・合田禄さん
#4 7月14日(火)京都大学iPS細胞研究所 国際広報室・和田濵裕之さん
#5 7月21日(火)科学コミュニケーター(フリーランス)・本田隆行さん


FlyerrA4_STiPSHandai_2020summer(PDF:438KB)