つなぐ人たちの働き方(2019年度夏)#4 大阪府健康医療部食の安全推進課・西岡麻須美さん


2019年7月9日(火)、科学技術と社会のあいだで活躍する実践者から学ぶセミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2019年度夏)」第4回が開催されました(授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催)。この日のゲストは大阪府健康医療部の西岡麻須美さんでした。会場には、18人が集まりました。

まずは、西岡さんによる話題提供です。「地方自治体が果たす役割—生産から消費まで、食の安全安心をつなぐ—」というタイトルで、西岡さんが現在のお仕事をされるようになった経緯、行政(主に大阪府)による食品の安全確保に向けた取り組みなどをお話いただきました。

西岡さんは、大阪府立大学獣医学科のご出身です。入学前は「動物のお医者さん」になりたいと思っていたものの、所属する講座を決める段階になって進路をいろいろ考えたのだそうです。動物病院に勤務して病気になってしまった動物を治療するのではなく、病気を未然に防ぐことに関わりたい、特に、予防に関する取り組みを行ったり、制度を作ったりすることで世の中に役立ちたいという思いを持つようになり、行政機関で働くことを決めました。大阪府に技術職として採用され、現在のご所属は、大阪府健康医療部食の安全推進課。大阪府の食の安全安心に関する推進計画を立案したり、府民への食中毒に関する理解を推進するセミナーを企画したり、そのためのチラシを制作したりするなど、幅広いお仕事をされています。

大阪府に獣医師職として採用されると、家畜の病気の予防に関する業務(畜産衛生)、もしくは、健康・医療に関する業務(食品衛生)に関わることになります。健康・医療に関わる業務に携わっている獣医師は、食の安全推進課以外に、府内に10カ所ある保健所や大阪府中央卸売市場にある食品衛生検査所、食肉衛生検査所などで活躍されているそうです。食品が私たちの手に届く前に、行政が食品衛生について広く関わっているのです。

西岡さんが所属されている「食の安全推進課」は、以前は「食品衛生課」という名称でした。「食品衛生」から「食の安全安心」というように守備範囲が広がったのは、食品安全基本法が施行された2003年頃のこと。そのあたりからリスクコミュニケーションという言葉が出てくるようになりました。リスクを評価するところと、リスクを管理するところ、を分けるようになったのもこの頃だそうです。

大阪府に関しては、2007年に大阪府食の安全安心推進条例が制定されました。この条例に基づき策定されている第3期大阪府食の安全安心推進計画(2018年度〜)では、「行政、食品関連事業者、府民がそれぞれの責務・役割を認識し、互いに理解し、共に協力して食の安全安心の確保に取り組むこと」が目指すべき姿とされ、食の安全安心に関する情報提供の充実や事業者の自主的な取り組みの促進が施策の柱として挙げられています。大阪府は、府民に向けた情報提供を行ったり、シンポジウムを開催したりしてきました。

また、大阪府では、食の安全安心に関する府民の意識調査を継続的に実施しています。調査の結果をみると、2007年頃には、食品に対する「不安」が「安心」を大きく上回っていましたが、2010年以降、「安心」が「不安」を上回るという結果になっているそうです。しかし、まだまだ課題は多く、特に、巷にあふれている食品の安全性に関する「思い込み」にはいつも悩まされているそうです。例えば、自然由来・新鮮なもの=安心で、化学・有害物質を少しでも含むもの=危険、というイメージを私たちは抱きがちです。また、リスク認知のギャップも課題の1つです。実際のリスクよりも大きく感じてしまったり(例:ある地域・国産の食品は危険だと過敏に反応してしまう)、逆に実際のリスクよりも小さく感じてしまったり(例:お店で提供される肉や刺身は安全だと思い込んでいる)します。消費者が提供者に「食品の安全を本当に確かめる」役割を任せきってしまうのではなく、消費者自身が食品のリスクを理解して、選択することが大切であるということを理解して欲しいと日々考えているそうです。

西岡さんは、食品衛生行政の課題として、関心のない人へどう伝えるべきか、価値観を押し付けないためにはどうしたらよいか、ということを挙げていらっしゃいました。安全性の確保を本人が確認したうえで選択してもらうことが大事ではあるが、健康被害を防ぐためには譲れないこともある、とのこと。こういった課題に向き合うために、デザインやイラストが得意な職員がチラシを作ったり、食中毒の統計的なデータを発表したり、SNSを使った情報発信を取り入れたりしているそうです。今、大阪府が力を入れているのは、食肉の生食が原因で起こる食中毒を減らすこと、だそうで、「生で食べたらあカン!ピロバクター」というキャッチフレーズが掲載されたカンピロバクター食中毒予防啓発ツールをご紹介いただきました。(このWEBページから見ることができます。)

最後は、西岡さんのお仕事への思いを聞かせていただきました。印象に残ったのは、「被害にあったときに”知らなかった”と言われることを減らしたい」という言葉でした。消費者の選択の自由を守りつつ、でも、府民の健康を守りたい、という強い気持ちが伝わりました。

西岡さんのお話に続いて、質疑応答が行われました。都道府県別の制度の違いについて、アレルギー表示に関する規制について、賞味期限の設定の仕方や食品ロスについて、など、様々な観点の質問にお答えいただきました。

文:田川 翔大朗(生命機能研究科 博士前期課程)、「科学技術コミュニケーション入門B」担当教員


【案内文】
2019年7月9日(火)に、大阪大学豊中キャンパス 全学教育推進機構 ステューデント・コモンズにおいて、セミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方(2019年度夏)」の第4回を開催します。
今回のゲストは、大阪府健康医療部食の安全推進課の西岡麻須美さんです。

食の安全推進課は、「食べ物の安全を守り、府民の皆様に健康で豊かな生活を送っていただけるよう、様々な取り組み」を行う部署で、西岡さんは、行政、食品事業者、消費者をつなぐさまざまな企画を行なっています。

今回は、地方自治体の職員でもあり、獣医師でもある西岡さんに行政機関が「科学技術と社会をつなぐ」とはどういうことなのかをお伺いします。



■第53回STiPS Handai研究会 ○題目:つなぐ人たちの働き方(2019年度夏)#4
○ゲスト:西岡 麻須美 氏(大阪府健康医療部食の安全推進課 課長補佐)
○日時:2019年7月9日(火)14:40~16:10(開場 14:30)
○場所:大阪大学豊中キャンパス 全学教育推進機構
 ステューデント・コモンズ2階 セミナー室A

○対象:どなたでも
 *全学部生・全研究科大学院学生を対象とした授業の一環として実施します。
 *この日は、学内、学外を問わず、履修登録者以外の方の参加も歓迎します。
○参加:当日参加も可能ですが、できるだけ事前のお申し込みをお願いします。
○申込方法:
この「ウェブフォーム」への入力をお願いします。
または、
件名を「7月9日参加申込」として、以下の項目を明記の上、メールでお送りください。
・氏名(ふりがな)
・所属
○申込先・問い合わせ先:stips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jp([at]は@にしてください)
○主催:公共圏における科学技術・教育研究拠点(STiPS)
○共催:大阪大学COデザインセンター


概要 科学や技術に関係する仕事がしたいけれど、研究者になりたいわけではない…
大学で学んだ専門を活かせる仕事に就きたい…

こんなモヤモヤした将来への悩みを抱えている方にお届けするセミナーシリーズ「つなぐ人たちの働き方」を開催します。

マスメディアや研究機関、行政機関といった、多彩な現場で活躍されているゲストから、
・異なる領域の間で働くということ
・自分の専門を現場で活かすということ
・専門が活きる仕事を創り出すということ
などについてお話を伺いながら、参加者全員で議論します。

大阪大学COデザインセンターが開講する2019年度夏学期授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催しますが、この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎します。


プログラム 1)はじめに
2)ゲストによる話題提供「地方自治体が果たす役割—生産から消費まで、食の安全安心をつなぐ—」
3)質疑応答&ディスカッション
ゲストプロフィール 大阪府立大学農学部獣医学科を卒業し獣医師免許を取得後、大阪府へ入庁。
食の安全推進課、保健所等において、食品衛生監視員として食品衛生行政に従事。2018年から現職。
2003年(平成15年)に食品安全基本法が制定され、食品衛生行政の中でリスクコミュニケーションの促進や情報提供のあり方が重要となった。本府でも、2007年(平成19年)に大阪府食の安全安心推進条例を制定するとともに、「大阪府食の安全安心推進計画」を策定し、食の安全安心の確保に関する取り組みをスタート。
現在は、第3期大阪府食の安全安心推進計画のもと、様々な施策の推進に努めている。



本シリーズについて 「つなぐ人たちの働き方(2019年度夏)」は以下のようなスケジュールで実施します。


#1 6月18日(火) NHKエデュケーショナル プロデューサー・竹内慎一さん
#2 6月25日(火) 株式会社毎日放送 報道局 記者・奥西亮太さん
#3 7月2日(火) 京都大学 学術研究支援室 URA・白井哲哉さん
#4 7月9日(火) 大阪府健康医療部 食の安全推進課・西岡麻須美さん
#5 7月16日(火) 科学コミュニケーター(フリーランス)・本田隆行さん

Flyer_190618-0716(PDF: 381KB)