熟議キャラバン・実践インタビュー

理由を聞くことで一歩先へ進む議論

以前、大阪大学ではCSCDのメンバーを中心として、地球温暖化問題をテーマにした市民会議である「World Wide Views in JAPAN」を開催しました。そこではあらかじめ主催者が決めた問いについて、市民が議論をしたのですが、その点に疑問を抱いた市民から「問い自体を自分たちで考えたい」という意見があがります。その反省から、問い自体(社会で議論すべき議題、アジェンダ)を市民も含めた多様の人で決めることを目的に「熟議キャラバン」を開催しました。

「熟議キャラバン」は「論点抽出ワークショップ」、「アジェンダ設定会議」、「アジェンダの活用」の3つで構成されています。議論すべき問いをつくるにあたって、市民が何を問題だと思っているのか、何を不安に思っているのかを聞き出すことから始めました。そこで大事なのは、疑問に思った「理由」を聞くことです。疑問が同じでも、理由はそれぞれ違うこともあります。また理由がわかれば、意見が対立したときにお互い納得できる部分も見つけやすい。意見を言い合うだけでは、議論は進みませんからね。

また、「熟議キャラバン」のテーマには「再生医療」を掲げていました。「再生医療」のような新しい技術の場合、その使用に関する倫理的・法的・社会的な議論は始まったばかりで、まだ制度化されていない部分もあり、さまざまな人の意見を受けながら更新されていく余地が多くあります。だからこそ、一から市民も一緒になって考える意義があると考えています。


知ることで出来る意思決定

「熟議キャラバン」に参加した市民の方々は、大多数が科学技術についての知識を持ち合わせていなかったと思います。ですが、それでも科学技術について話すことはできるんだという感覚を持ってほしい。あるいは政策について意見を言ってもいいということを知ってほしい。医療に関する問題で難しい言葉が並んだとしても、結局はその技術を自分のおじいさんに使うかどうか。それは日常生活の中でやっていかなきゃいけない意思決定の1つです。

「論点抽出ワークショップ」では、参加者にテーマに関する「一番大事なこと」とその理由をカードに書いてもらっています。このカードを使って大学院生に対して授業をするんですが、カードの内容からわかるのは、世の中には違う意見をもった人がたくさんいるということ。例えば「お金持ちしか恩恵が受けられない」や「病気が治ることは幸せなのか?」といった意見は、技術の進歩を第一に考えがちな研究者からは出てきにくい発想です。大学院生には、こうした発想に敬意を払いながら、意思決定できる専門家になって欲しいです。

また、熟議キャラバンは、市民と専門家のコミュニケーションだけでなく、市民同士のコミュニケーションにもなっているんです。例えば、お母さんだったら近所のお母さん同士で話すことが多いと思います。僕自身も職場の人との会話が日常のほとんどです。その中で、市民が多様であることを、市民自身が忘れてしまうこともあります。市民同士、それぞれ違いを持っていることを実感する機会になることが重要だと思っています。特に、社会人や主婦、高齢者の方々が学べる場であってほしい。社会の中にある科学技術の在り方に関する意思決定で決定的な役割を果たすのはこの人たちですから、この場を通じて視野を広げて、意思決定に役立ててもらえれば嬉しいです。


サスティナブルな仕組みのためにシンプルなルールを

今回は「再生医療」というテーマで実施しましたが、今後はさまざまなテーマで「熟議キャラバン」のような試みを継続していこうと構想しています。そのために、「熟議キャラバン」の仕組みはできる限りシンプルなルールで設計しているんです。

膨大で正確な情報に基づいて議論する仕組みは別にあるので、もっとシンプルに政策を議論できるようにしています。情報提供も、あえて新聞に載っている程度の情報量しか与えていません。じっくり時間をかけて専門家に情報提供をしてもらうのではなく、簡単に内容を確認してもらうだけ。そうすることで資料をつくる手間が省けます。市民の側でも、事前準備に時間をかけずに行えます。そうやって開催するハードルを下げることで、より多くの人に考える機会を提供し、そこから出た意見を集約できると考えています。

また、何か社会的に議論すべき出来事が起こったときに素早く市民の意見を抽出することができます。そういったフットワークの軽さも特徴のひとつです。「World Wide Views」のような規模の大きい市民会議とは長所や短所を補い合いながら、市民同士のコミュニケーションの場として持続的に開催していきたいと思っています。


● 山内保典・特任助教
大阪大学
コミュニケーションデザイン・センター