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成果物

山中浩司・教授



「政策のための科学」と科学技術の倫理的・法的・社会的問題(ELSI)について
学生に期待すること



「政策のための科学」と科学技術の倫理的・法的・社会的問題(ELSI)について


私はもともと歴史を研究していたのですが、現在の専門は社会学で、主に医療技術に関する社会学的な調査や、医療技術が社会や研究にもたらす影響を調査しています。

ELSIというのは、”Ethical Legal Social Issues”のことです。これは古くからある概念ですが、一般化したのはヒューマンゲノムプロジェクトで、ゲノム解読が人間社会にもたらす影響を十分考慮して研究を進めなければいけない、そういう方面の研究にも一定の割合の資金を割くべきだ、という考え方から進んできました。これが今、他の分野にも波及して、研究がもたらす倫理的な影響、法的な影響、それから社会的な影響、これを前提にした上で、例えばヒト・クローンの問題を議論するようなことです。ただ、現在は非常に漠然とした仕組みであって、ELSI研究は何か決まった分野というよりは混合体というか、おもに議論が集積された形になっていて、必ずしもうまく機能しているとは言えないと思います。

「政策のための科学」とは、少し漠然とした言葉ですけれども、一つには科学技術研究の入口、つまり研究の前段階のある種の規制、あるいは方針ですね。そしてもう一つは出口、研究の成果が社会に対してどういうふうに出ていくのか。そういう二つの部分があると思うのです。現状、入口のところは生命科学で出てきたELSIという、倫理的・法的・社会的問題、これがひとつフィルタとしてかかっています。国や公共研究機関の場合は科学技術政策ですね。そういう方針があると思います。それから出口のところでは、最近 “Regulatory Science”という、メインはおそらく製品とか医薬品の安全性ですが、社会にそういう科学技術製品が出回った場合にどういうことが起こるのか、主に有害事象を事前にチェックする、あるいは市場に出た後にチェックする、そういう側面があると思いますね。

今私が行っているのは、“Regulatory Science”でも入口のELSIでもなくて、どちらかというと出口のELSI、有害事象や従来の規制科学ではなくて、もう少し広い意味での社会的影響を調べる。この部分はあまり今まで行われていない。もう一つ問題なのは、入口のELSIというのは非常に漠然とした形でかかっていて、こちらのほうは“Regulatory Science”のようなきちんとしたフレームワークが現状ではないのですね。だから現状では入口のところで、いわゆる“Regulatory Science”的なきちんとしたフレームワークが要るし、非常に厳密な “Regulatory Science”だけではなくて、社会的影響という問題を定義する必要があるだろうと思っています。そういう意味では、入口の“Regulatory Science”、出口のELSIという、現状とは逆の手薄なところ、そこが重要ではないかと思っています。

例えば医療であれば、新しい技術が出てきて、それが臨床的に有用であるかどうかとか、有害であるかどうかというのは従来の“Regulatory Science”でいろいろと調べられているのですが、そういう技術が普及した場合に、例えばお医者さんはどういうふうに対応するのかとか、あるいは患者さんはそういう技術をどういうふうに見ているのかとか、そういうことは従来の規制科学ではまったく触れられていない。そういうものが普及してしまうと、古い技術を後から取り戻すことはできませんので、コントロールできない状況になると思います。医療技術だと新しい技術にみんな飛びつきやすい。若いお医者さんは新しい技術に飛びつく。そうするとだんだん古い技術は忘れ去られて、後から取り返そうと思っても非常に難しい。実は患者さんにとっては古い技術のほうがフレンドリーだったりすることもよくあります。そういう側面が今現在ではあまり触れられていないと思います。



学生に期待すること


現状、研究者の方もそういう関心を持っている人が少ないので、まずはそういう方面に目を配っていただきたい。研究の成果を事業化・商品化する時でも、そういう面を考慮して販売や製品化ということをできるだけ考えていただくということが大事だと思うので、若い優秀な院生の方で将来研究者になる、あるいはビジネスの方に行く人たちがそういう視点を持つことは大事ではないかなと思っています。そういう意味では、時間を割いて、いろいろな社会的影響について考えてもらう、そういうものをどうのようにコントロールしていくのか、あるいはどういう予想外のことが起こりうるのかということを事前にインプットしてもらう、ということができれば、それがベストだと思います。

分野によって問題は全部違いますので、院生の人の専門分野の中で考えてもらうということが大事だろうと思います。異分野の人との対話、研究分野が違うだけでなくて、ビジネスの人とも、どう考え方が違うのか、あるいは社会科学の人から見てどうなのかとかいう視点を入れてもらうことが有効ではないかと思います。どの人も今では何かの専門家ですので、特にどの分野というのはありません。私が研究しているのはたまたま医療技術ですけれども、工学分野や他の分野でも同じような問題があるのだろうと思います。

われわれはこの前まで体質遺伝子検査というものの、主にビジネスの方向を調べていました。大学からビジネスへの転向を手伝われる方はたくさんいますが、やはり人材を探すことが難しい。ビジネスから研究に入ってくる人はいますが、大学からビジネスへ行く人が少ない。しかし、大学の中のアカデミックのいい部分を持ってビジネスへ出て行ってビジネスを変えていくこともありうるだろうと思っています。そういう方向へ行く人も、われわれのコースで学んでもらえたら面白いかなと思います。

一時期バイオベンチャー企業が出た時に、アメリカの研究者は、バイオ分野のアカデミックの中から出た企業と、従来の企業はずいぶんカルチャーが違うということをおっしゃっておられました。アカデミックが持っているある種のオープンな環境、情報をオープンにするという考え方が相当効いているようです。その他に、日本でも医学部から出た人に聞くと、営利だけではなくて社会的貢献という視点が強い人が多いですね。今の世の中は学生もそういう関心が非常に強いので、「ソーシャルエンタープライズ」という視点を入れた事業というものが重要だと思います。そこでは、いったい何が社会にとっていいのかということを単純に考えるのではなくて、自分たちがしていることの影響を含めて考えるというふうにしていければ、最善かなと思います。

例えば医療分野ですと、聴診器を使えなくなっている人がたくさんいるという話があります。聴診器だけではなくて、レントゲンの読影とかバリウム検査の読影、これもだんだんできる人が少なくなって、できる人が少なくなっているのでやめてしまうというケースも増えていると聞きます。これはもちろん競合する技術がたくさん出てくるためですけれども、わりと思いこみが激しいのは、新しい技術は古い技術をすべて包摂していると、だから古い技術は要らないというふうに言われることが多いのですが、実際に専門家の方の話を聞くとそんなことはほとんどなくて、ほとんどの場合はカバーできない部分があると。だけどそのカバーできない部分に大きな時間を費やす人がいなくなってくると。そうするといずれバランスが崩れて、昔だったら簡単にできたことが、大病院に行って何十万円もお金を払わなければできない、というようなことも起こってくるだろうと思います。これは医療経済的にもきわめて大きな浪費ですし、社会的にも大きな損失だと思っています。