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成果物

川上浩司・教授



医学と「政策のための科学」について
エビデンスの作り方について
プログラムの特色について



医学と「政策のための科学」について


私自身は医者の免許を持っていて、基礎研究を行った後、アメリカの厚生省、FDA(U.S. Food and Drug Administration)といいますが、アメリカの健康行政に携わって役人をしていました。そういう中で、科学の力あるいは医学の力というのは、学問としてだけではなくて、それをどのようにして政策・行政につなげていくのか、ということについて、ずっと考えたりしてきたという経緯があります。

この国は現時点では国民皆保険制度を持っていますけれども、社会として社会福祉の構造の中でそれを支えていかないといけないわけです。そういったことを両立させるために、医学の中ではエビデンスに基づいた医療というものが確立しています。一番低いエビデンスというのはえらい人の意見ですね。その後に様々な段階があって、一番高いエビデンスというのは、しっかりとした研究に基づいてメタ解析といって、しっかりとした解析がされたことをいいます。今ではさらにエビデンスの後には費用対効果ですね。費用対効果もかなり様々な手法で疫学や科学の力を用いて行っています。このような医学の考え方、方法というものを、他の学問でも演繹できないかというような、世界中まだ誰も行っていないような研究、あるいは取り組みになると思いますが、これにわれわれは取り組んでいきたいと思っています。



エビデンスの作り方について


エビデンスレベルというものがあります。エビデンスレベルというのは、日本でも今でも声が大きな人に引っぱられて政策行政を進めているかもしれませんが、それは一番低いとされています。一段から六段に上がって行くにあたっては、例えば今まで行ってきた医療行為、あるがままをとらえて、それを研究として記述していくという方法がありますし、さらにその上に行くと、介入研究といって、研究するという意図をもって医療行為を行って、AとBを比較してみるというような方法があります。それは臨床試験といいます。さらにそういった臨床試験を積み上げていくと、一番上の方のレベルでは、どういった患者さんにはどういった治療あるいは診断がよかったのかということに対して、かなり厳密に統計学的な解析というものを加えることができます。これがエビデンスの作り方であって、例えばわれわれ医療従事者というのは、そういったエビデンスに基づいて教科書ができて、そういう評価のもとに医療行為を行っているということになっているのですね。ですので、その作法というのはかなり厳密に作られていますし、人体に向かって学問が何をするのかということについて、かなりの世界的なコンセンサスが得られてきているところです。それがEBM、”Evidence-Based Medicine”(根拠に基づいた医療)といわれている領域です。

そしてもう一つの領域というのが、エビデンスに基づいた医療を行った後で、実際にAとBのどちらがいいかが分かったとして、でも人体というのは、アメリカ人も日本人も体の大きさ目の色の違いこそあれ、基本的には同じ人間です。でも、違いもあります。何が違うのかというと、国によって社会構造が違うのです。死生観が違うし、GDP、所得も違うし、そして何よりも医療制度が違います。この国は国民皆保険ですが、イギリスみたいに税が財源の国もありますし、アメリカのように民間のほうがパイが多い国もあります。社会制度の中で、福祉制度の中で、どのようにAとBのどちらがいいかというのを費用に変えて見るのか、費用対効果があると考えるのか。こういった研究領域もここ10年くらいでずいぶん、医学の領域では進んできました。日本だとまだ端緒についたばかりです。こういったこともこれからはおそらく科学技術政策全体の中で、良い・悪い、それから費用対効果を考えて、リスクとベネフィットがどこにあるのかということをコントロールして解析していくという取り組みが必要だと思っています。世界の動勢や世界中の方々とお話をしていると、これがこれから絶対大事になるということは思いますね。

医学という学問の上に立脚した医療という行為があります。人間を大きく70億人を二つに分けると、病気になっている人、患者と、病気になっていない人に分かれます。病気になっていない人が病気になっている人を支えることの仕組みというものが国民保険制度であり、様々な社会制度の中にビルトインされているのですね。もっと違った言葉で言えば、学問が社会につながっていて、それがわれわれみんなに必ず関係してくるのです。例えば電気、原子力、いろいろな問題があると思いますが、電気を使っていることに対して、日ごろ費用対効果や科学技術のことを考えて電気を使っている人なんていませんね。ところが医療に関しては、もし風邪ひいただけでも、何で風邪ひいたのだろうとか、あるいはどうすればこれは治るのだろうとか思いますね。特に死ぬような病気、ガンとか急性の肝臓の病気とかいうものであれば真剣に考えます。医学は、社会福祉に対するインパクトやつながりが非常に強かったので、そのような学問が進歩してきたのではないかと考えています。



プログラムの特色について


今回は政策のための科学の枠組みとしては、関西の拠点として大阪大学と京都大学という形で一緒に行うという取り組みとして採択されました。ですので、京都大学は研究が強い大学ですが、大阪大学の小林教授がこの分野では大変知見をお持ちの方でありますから、教育に関しては大阪大学と足並みを揃えて京都大学でもカリキュラムを作っていきたいというふうに思っています。

京都大学の強みというのはやはり、ユニークネスですね。独創性がある研究の分野を開拓し、それを発展させるということにあると思っています。これは私見ですが、先ほどお話ししたような医学のEBMあるいは費用対効果のような研究領域を他の学問領域に使ってアプライしてみるということは、新しい学問領域を広げる、あるいは研究領域・研究者を育てるということにつながると思っています。ですので、そのような独自性・ユニークなところというものが、この政策のための科学に貢献するところは、京都大学の研究力によるところもあるのではないかというふうに思っています。

われわれが社会の中で生きていく中では、あまり物事を考えないで、まわりが言うからそのようにやってみようとか、あるいはテレビや新聞が言うからそういうものなのだと信じてしまう。今まではそれでよかったのかもしれませんが、社会が全体として成熟していくためには、やはり個人個人がしっかり物事の道理というものを考える、いわゆる論理的思考というものが必要だと思っています。日本という国の教育は、いわゆる理系・文系というものを高校の時点で分けて、理系の人だからこうする、文系の人だから数字は触らなくていい、論理的思考はいらない、みたいなことがあったのかもしれません。今後はそういうことではなくて、やはり文系も理系もなく、論理的な思考、科学的な思考が行われるような取り組みが必要だと思っています。人材を養成する中で、そのような論理的思考がしっかりとできる人々を育てたいと強く願っています。様々な科学技術や、あるいは政策的課題というものに自分ならどのように対処するのか、そしてどういうお作法、手法があるのかということについてしっかりと学んでいただいて、ディスカッションをして、そしてさらに世界で活躍するためには交渉もできなければいけません。ネゴシエーション、プレゼンテーション、コミュニケーションと私は言っていますが、こういうものがしっかりできる人を育てることを目標にしたいと思っています。

大阪大学とカリキュラムをご一緒させていただくわけですけれども、コアとなる領域、科学技術の基本的なところ、あるいはコミュニケーションの領域というものがあると思うのですが、さらにそこに二階建てのような形で、京都大学の持っている様々な強み、iPS細胞だとか、あるいはナノテクノロジーだとか、いくつか強みがあると思いますが、そういう領域の事例の中で、それが社会に応用される、あるいは技術の成果が還元されるためにはどうすればいいのか、というようなことを題材にしたディスカッションができないかと企図しています。将来的には日本の中に閉じこもるだけではなくて、人類として何が貢献できるかまで考えて、世界的なコミュニケーションを取りつつ進めていくというような教育にできればと考えています。関西の拠点として大阪と京都で取り組んで行きますが、これから新しい、人と違うことがしたい、論理的な思考というものを蓄えつつ社会に貢献したいというような学生に、ぜひ門を叩いていただきたいと思っています。