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成果物

加藤和人・教授



科学と社会を「つなぐ」
「政策のための科学」への期待
社会システムに合わせた研究
パブリック・スフィア(公共圏)における研究
求める人材
今後の課題と教育方法について



科学と社会を「つなぐ」


私はキャリアは少し変わっていて、科学者になるべくして、研究もして、論文も書いて、海外にも留学してと、様々な科学の現場にいたのですが、もともとは科学だけではなくていろいろなことに興味がありました。親戚に経済学者がいたこともあって、文化系の学問にも興味がありました。ある時に、科学がこんなに面白いことをしているのに、閉じこめるのはもったいないし、閉じこもるのももったいないと思って、科学と社会を「つなぐ」仕事から始めたのです。

例えば、生命科学の映像を作っていたのですが、面白く分かりやすく伝えるだけが科学の面白いところではないだろうと思いました。科学の醍醐味は、未来の世界を切り開いていくことにあって、それは時に、例えば原子力のような新しいもの、あるいは生命科学で言えばクローン技術等を見つけるわけですね。今まで分からなかった、人間が知らない自然の世界を明らかにしていくものなのです。そうなると、そこから重たい影響も出てくることがある。知識の生産ということと、それに伴う社会への影響のようなものも考えたい、と思っている時に大学に戻ることになって、戻ってからは、科学を楽しく伝えるだけではなくて、どういう倫理的・社会的問題があるのか、それに対して社会の制度や科学者の振る舞いをハードなものからソフトなものまで含めてどういうふうに考えないといけないのか、ということに取り組んできました。単に「法律を作りましょう」というのではなくて、社会の中の様々なことがどうなったらいいのかということを考えたいと思っていて、良くも悪くも、いろいろなキーワードで仕事をしてきました。

この10年で面白い経験をさせてもらったもののひとつが、ゲノム研究の国際プロジェクトの中で、ゲノムを社会面から考えるグループに入れてもらったことです。国際ハップマップ計画という、ネイチャーという有名な雑誌の表紙になるような大プロジェクトがあって、その中で法律を専門にする人や、人文社会学を専門にする人と一緒に、ELSI(科学技術の倫理的・法的・社会的問題)、まさに今回の「政策のための科学」プロジェクトはELSIを扱うと思うのですが、「倫理的・法的・社会的問題」を考えることに取り組みました。

2000年代の初め、日本ではまだ、「科学は科学者がするもの」と考えられていた頃に、この大きなプロジェクトの中で、少なくとも西欧の人々は研究者自身も社会面を考えなければいけないということで、数百人のチームに数十人の人文社会の専門家を入れたのです。日本から、たまたま私がそこに呼んでもらって入ったわけですね。そこでは、科学者とともに社会的課題を考える、そしてどのように対応したらいいかを考える、そういう検討の場があって、科学者とぶつかり合いながら、いろいろなことがありましたが、最終的にはこのプロジェクトの中の大事な部分について、私たちがいることによって少し内容が変わった、という経験をしました。例えば、人のDNAのサンプルをどう呼ぶかという問題で、日本や中国で集めたサンプルをアジアのサンプルと呼ぶのか、あるいはもっと限定して日本のサンプルと呼ぶのか、中国のサンプルと呼ぶのかという呼び方についてアドバイスをするというような活動です。



「政策のための科学」への期待


科学技術を進める時には、科学者だけでは考えられない大きな問題が数多く出てくる。科学者も自分たちには分からないから、いろんな人に謙虚に話を聞く。それにはまずは私が経験したように、人文社会系の人が一緒にやる。さらには、大学の人間だけでは見えないものもたくさんあって、やっぱり足りない。社会の中の市民、生活者、あるいはライフサイエンスの場合は特に患者さんと一緒に進めることが大切だと思います。例えば、病気になった人となってない人では考え方がだいぶ違います。そういう広い視野で科学技術の大きな目的も細かい進め方も見る。そうすることで、しっかりと検討された形で科学技術の研究開発が進むと思います。

今回の政策のための科学で私が期待していることは、広い視野から科学技術が検討され、「こんなことが起こっているのですね」ということや、「いや、このところはゆっくり進めたほうがいいのではないか」とか、「ここのところはこういう人たちと一緒に調べて進め方を決めたほうがいいのではないか」という広い視野を取り込んだ進め方ができていくことです。

そのためには、二つあって、個々の科学研究プロジェクトについて、具体的にどういう進め方がいいのかということをプロジェクトを越えてアドバイスする、世界の視点から見たらどのようなことが必要なのか、それから日本でも、よく言われる話ですが、省庁の枠を超えて考えると何が必要なのかという、具体的な進め方を考えてそれをアドバイスするということですね。プロジェクトを進める科学者や政策担当者に対して。それからもう一つは、こっちはもっと大変だと思うのですが、そういう意志決定の仕組み自体を問い直して、現在の日本の世の中、科学技術に関する意志決定の進め方それに対して何をすべきなのかというのを提案していくということですね。

最後は選択になると思うのですが、世界的にはいろいろな経験、ミクロのレベルからマクロのレベルまでの経験があるので、それを参考にして検討するということですね。私の場合は定量的データ、数字のデータだけを考えているわけではなくて、もうちょっと経験に基づくというところがあると思いますが、例えばアメリカのシステムがベストだと思っているわけではない。アメリカでもうまくいっていない部分はたくさんあります。国際的な交流の場で同じようなことを考えている人に会うと、向こうは向こうで「こんなことがうまくいっていない」と言ってくれるから、お互いに学び合って、解決案をお互いに持ち合って、これがいいのではないでしょうか、なぜならこういう失敗の経験があり、成功の経験がある、などということをしっかり記述していく。そういうデータがあれば、政策を決定していくのに使えるのではないかと思うのです。



社会システムに合わせた研究


ハップマッププロジェクトに入れてもらったおかげで、人文社会科学から科学技術を考えているレベルの高い研究者と知り合いになりました。そうすると「日本にはカズト・カトウがいる」というので次から次へと呼んでもらえるようになって、意志決定の仕組み自体もだいぶ違うということを経験できました。例えば、アメリカにNIH(アメリカ国立衛生研究所)という、生命科学や医学研究、医療、ライフケアを扱う研究組織がありますが、NIHがどういうふうに政策を決めているのかを部分的ですが見せてもらいました。また、研究員としてイギリスに四年近くいた時は、ウェルカム・トラストという財団の理事をされている先生の下で働いていたので、ヨーロッパではどういうふうに物事が動いているのかを見ることができました。そういうことを総合して、今の考えに至ったのだと思います。

例えば、ライフサイエンスの研究と医療への応用を考える時、社会システムを考慮に入れることが重要です。日本やイギリスは国民皆保険で、医療のインフラが、苦労はしつつも一応整っている。アメリカでは、それがないのですね。個人でお金を払って健康保険に入る。それに合わせていろいろな仕組みを作っているわけです。日本の場合も、私たちのシステムに合わせて基礎研究を行えばいい。アメリカのシステムが全部使えるわけではないし、逆に日本が効率よくできることも多分あります。あまねく行き渡っているインフラがあるということを使えばうまくいくかもしれないから、そこはアメリカばかりを見てもダメですね。つまり、医学や医療の専門家だけではなくて、法律や政治や社会制度の専門家にも学ばないといけないし、そういうことが大事で、これからの大きな課題だと思います。



パブリック・スフィア(公共圏)における研究


大学の人間はアカデミックという言葉をよく使います。「やっぱりアカデミックな仕事は一番面白いよ」って。少し偉そうですが。それは、“public sphere”(公共圏)というのですが、そこで仕事ができる。パブリックな世界で仕事ができる。私利私欲にとらわれないプロフェッショナルたちが寄ってきて、パブリックのために私たちは仕事をしている。それはとても気持ちがいい感覚です。確かに研究者はみな競争はしないといけないし勝たないといけないのですが、同時にパブリックな活動をしている誇りをとても大事にしている。特に西欧の研究者を見ていると思います。

今回のプロジェクトは、ローカルにいうと京都大学と大阪大学のジョイントの拠点なので、私はその二つの拠点のつなぎ役、両方がどのようにして強くなるかということに興味があります。科学技術を専門にする学生たちがたくさん入ってきてほしいので、人文科学・社会科学もですが、特に科学技術に関して言うならば京都の生命科学分野には知り合いが多くいますので、そういうところの学生たちがたくさんこのプロジェクトに入ってきたらいいなと。そういう学生とつき合いたいというか、教える・教わるというような偉そうな関係ではなくて、「頑張れよ」と言いたいですね。

私自身は、人と人をつなぐのが好きなので、自分がじっとしているよりは「ここにこんな面白い人がいる」、「ここにこんなえらい人がいる」、「こことここが会うときっといいことが起こる」などと思ってしまうのですね。学生たちを見ていると、一人一人がいろいろなことを考えてくれます。22歳なら22歳、25歳なら25歳で考えています。今この人が一生懸命喋っていることが、この視点があったほうがもっと強くなるかもしれないと思うと、つい紹介したくなる。それをしているうちにいろんな人と知り合ってしまうので、つい動いてしまうというか、ネットワークを作ってしまうようです。自分自身はディレクターではなくてプロデューサーだと思っています。



求める人材


データをしっかり出す人は重要です。私たちの場合は必ずしも定量的データばかりではありませんが、しっかりとインタビューしたり、しっかりとさまざまな政策オプションに関する調査研究について、データを集めたりする人と、チームとして、全体を見渡す人間の両方が必要だと思います。学生たちにはどちらにも興味を持ってもらえるといいですね。ひとつの問題に張り付いて必要なデータをできるだけよい方法で集めることと、枠組みや分野を突き破る、国を突き破る、時代を突き破る、そういう視野とは、はっきりと違うので、その両方を身につけてもらいたい。

ただ、こういうインターディシプリンな分野というのは、いろんなものをつまみ食いしてしまうので、やはり20代、30代の初めくらいは、しっかりとはりつかないといけないと思いますね。それはこの分野の一つの課題だと思います。科学技術の専門、それから人文社会の専門、それらを本当にしっかりと修めて、そこが強いままで、さまざまな政策に関する科学のメソッドや面白さを知ってもらう、その両方をしないといけない。これは大変なことだと思いますけど。

広い視野を持つことに加えてもう一つ重要なことがあって、あえて言葉にすると、個々の科学技術のプロジェクトのことだけに注目して、短期的な成果を上げることだけを考えるというのではなくて、長期的に考える。それから、いろいろなところに利益が出るようにするためには、一つ一つのプロジェクトがどのように動いたらいいのかを考える、そのための基盤を作るデータを出すという、参考となる科学研究を進める。日本では一つ一つのプロジェクトが3年後の成果はどうですか、5年後の成果はどうですかと言っていますが、集合体として見た時には最大限の成果は出ていないと思います。一つ一つを全体の目標に対してマキシマムにするというのは難しい。

具体的に言いますと、ゲノムの研究をする時に、一つ一つのプロジェクトが論文を書くことも大事なのですが、できたデータをしっかりとデータベースに入れれば、次のプロジェクトがそれを使えるわけですね。他のプロジェクトが同時進行で使うかもしれない。これは、なかなか一つ一つのプロジェクトの人には考えられない。誰かがプロジェクトを超えた仕組みを提案しないといけない。例えばデータベースということを考える。どんな方法がいいのかというのは別の視点で考えないといけない。実務的な話も大事だと思っています。

いま問題になっていることは何かというと、個別の短期的な視野で科学技術のプロジェクトが進んでいること。もう一つは、専門家だけで決めていることで、視野を広げていかないといけない。ただ広げていく時にいろんな人が集まればいいだけではなくて、しっかりとデータを用意して、調査研究をしておかないといけないと思います。シンクタンク的な活動が必要ですが、その活動はいわゆる大手のシンクタンクがあればいい、あるいは総合科学技術会議にあればいいとそういうものではなくて、このプロジェクトで言っている市民の部分、それから研究者の部分、全部必要だと思います。だからNPOを取り入れる形で市民セクターがすごく調査能力を持つこと、患者団体が調査能力を持つこと、それから研究者が学会や学会を超えたレベルで調査能力を持つこと。学術会議などももっと強くなっていただく。そういう調査能力を身につけることが大事で、それが欠けているのが今の日本の課題だと思っています。「つなぐ」と言いましたが、それは、つないだ時に必要な考える材料を用意するということかもしれません。



今後の課題と教育方法について


これは他の方々と議論しないといけないのですが、ライフサイエンスの個々のプロジェクトでは考えられないインフラ、例えば細胞バンクのような仕組みを発展させることが必要です。細胞バンクを日本としてどのように整備していけばいいのか、という具体的なこと考えるとき、国レベルの科学技術予算の配分ということと、個別のプロジェクトをどう動かすのかということ、その間のレベルの仕事をしたい。例えば政府のガイドラインや研究のためのガイドラインがどういうものであればいいのかということも政策のための科学の研究だと思っています。

少し具体的な話をすると、博士課程の学生の一人が、再生医療という最近注目されている分野について、市民の方々の意見と専門家の方々の意見を比べるという調査を行いました。面白いことに、双方の意見はかなり違うのですね。再生医療をどう思いますかというと、専門家でない人たちはそれが実現した後のことを気にするわけです。そして「どんどん治るようになっちゃったらどうするのですか」とか、「ケガが全部治るようになったら子供が怖がらなくなりませんか」とか、そういう話をするのです。専門家のほうは当然ですけれども、いま一生懸命開発している、開発段階の様々な問題に興味があるわけですね。でも実際に開発して医療に使われるようになった時、それを使うのは市民であり、患者さんであるわけです。どの部分からどういうふうに発展させていったらいいのかということを今のうちから考えなければ、どこにお金を配分したらいいのかとか、どの技術をより早く開発させたらいいのかということが決められないと思います。

そのことを一ヶ月ほど前にある大学の医学部で大学院生に講義をしました。私は学生たちがそんな意見は意味がないと反応する可能性もあると思っていたのですが、彼らはこのような意見を聞くことは絶対に重要であると言っていました。何に役に立つのですか、と聞くとそれは返ってこないのですが、ただ絶対に聞いておくことが大事だと思うと言ってくれて、それはすごく面白かった。何か聞いておかないとダメだな、と思うみたいです。専門家はそのことの専門家ですが、他のことは素人です。いわゆる市民や患者さんはそのことにおける専門家ですから、やはり一緒に考えるということが大事だと思いますね。何が何に具体的に役に立つのかということは、まさにこのプロジェクトを通じて、もっとクリアにしていけるといいですね。はっきり言うとそこはよく分かっていない。「市民に開くべきである、原子力だって専門家が決めたから起こった」と言いますが、では何をどう入れたらどう良くなるのですかと言うと、実はみんな答えられないと思っています。ここは、このプロジェクトの課題のひとつとして、これから詰めていかないといけない部分です。

誤解されないよう付け加えると、患者さんの声を取り入れた医療は既にあると思いますし、電化製品等では、例えば目が見えない方に意見を聞いて、そういう方が使う時はどういう形だったらいいのかとかいうことは行っています。そういうものはいくつもあると思いますが、科学技術全般の進め方というより大きな政策に関して、市民の声をどう取り込むのがいいかということは、まだ始まったばかりだと思うのです。

先ほど医学部での講義の話をしましたが、このプロジェクトもできるだけ対話型で行いたい。ある程度はこちらから知識を提示しますが、それに対してみなさんがどう思うのかということを聞くこと、そして何よりも大事なことは、学生がたとえ政策のための科学について何も知らなくても、自分だったらどうしたらいいと思うのかを言ってもらう。学生による提案型の授業にしたいと思います。

学生にもプロになってもらわないといけないと思いますし、レベルは高くしないといけないと思います。それをある程度繰り返すことで、このプロジェクトで考えた政策提案を本当に政府の方が使う、実質的な意味で参考になるということが、私達の目標だと思うのですね。「お勉強」や練習をしているのではなくて、「本番でやる」という意識は持っていいのではないでしょうか。京都大学と大阪大学で行うことの意味は、メインの科学技術の研究では、まさに世界レベルのジャーナルに出るような仕事をしている人が政策について学んで提案するということで、大学院生であってもプロの科学技術の政策の提案になると期待しています。何か教養を身につけようと思って来るのではなくて、私達が5年後10年後を変えるぞ、というふうに思ってもらいたい。変えられることを示さないといけない。そのためには、かなり気合いを入れないといけないと思っているのですが、そうなるといいですね。